第206話 ゆず_苦い珈琲
「えーと、高校の同級生で同じバレーボール部だった牧野ゆず」
重たい雰囲気にそわそわしながら、絵麻が私を紹介してくれた。絵麻は何も悪くないのに、気を使わせてごめん、と思うが、絵麻に気を使う余裕は全くない。
「で、大学のサークルが同じだった青樹知夏」
硬い表情でお互い見つめ合う。一体何を考えているんだろう。一体、どういうつもりで優太にお金を使わせているんだろう。
重苦しい雰囲気の中、年配のマスターが優雅な手つきでコーヒーを置いて行く。3人とも美しい柄の茶器で、異なる色合いと雰囲気に思わず目を奪われた。
こんな状況じゃなかったら、この茶器を活かす内装をイメージしては楽しめたことだろう。
「えーと、風俗嬢のどんな話をしたら良いでしょうか」
あまりにも硬い雰囲気に、彼女はチラチラと絵麻を見ながら話を切り出した。
「これ、私から説明しようか?それともゆずから言う?」
気遣うように戸惑ったように絵麻が聞いてくる。たぶん、絵麻はこの状況を知らない。感情的にならないよう、私は話す順番を頭の中で構築し始めた。
「私の元カレが風俗嬢にハマってるんですが、風俗嬢のあなたからしたら、そうやってお金を巻き上げるのが普通なんでしょうか」
元カレ、と自分で言ってその言葉に傷つく。でも、優太と私が以前の関係性に戻れる可能性に期待を持てるほど、私のメンタルは強くない…。
「お客様からお金を巻き上げよう、なんて一度も思ったことはありません」
思いのほか、冷静に彼女は言った。その表情は真剣だ。
「ニュースでやっているようなホストと同列にしないでください。私はプロとしてお客様に楽しんで頂けるよう、懐具合にも気を使います」
「しかし、彼は多額のお金を風俗嬢に貢いでいるんです」
「貢いでいる?それは現金をそのまま手渡している、ということですか。それとも高価なプレゼントをあげている、ということですか」
「そういうわけではありません。でも、貯金を使ってまで風俗に通い続けるなんて異常です」
なぜ、この異常さが分からないのか。怒りを通り越して不信感を覚える。客に多額のお金を使わせる点ではホストも風俗嬢も一緒でしょ!
私は怒鳴りたい気持ちを必死で抑えた。そんな私の努力を知ってから知らずか、ムッとしたように彼女が言った。
「貯金の使用用途は、お客様ご自身が判断することです。私はご氏名を頂いたお客様が、私にいくら使ったのか把握していますし、自分から次も指名して欲しい、と言ったことは一度だってありません」
彼女が言うように、貯金を何に使用するかなんて本人の自由だ。しかし、私が言いたいことはそう言うことではない。貯金は将来のための蓄えであって、一時の快楽に浪費するべきではない。
「私はお客様がお支払い頂いた金額に、見合う時間を提供しているだけです。お客様が私の元に通ってくださるのは、それだけ私が提供する時間に価値を感じているからにすぎません」
それらしいことをさも当然のように言う彼女に目を見張った。なぜこんなにも堂々と正当化できるのか。たちが悪いことに口が達者だ。
睨むように相手を見据えると、真っ直ぐ私を見つめながら彼女が言った。
「牧原さんは、なぜ男性がわざわざお金を払って風俗に行くのか、わかりますか」
「そんなこと、理解する必要があるんですか」
考えるまでもない。そんなもの、ただ性欲の捌け口意外に理由があるわけない。
いったい何の質問なんだ、と私は目を細めた。
「そうですか。じゃあ、一生わからないでしょうね」
軽く顎を上げて、小馬鹿にしたように軽蔑の眼差しを向けてくる。目をそらすことなく見つめ返すと、絵麻が「知夏」と間に入った。
「あのね、ゆずはノンセクシャルっていって性欲がないタイプで…」
「そんなの関係ない」
慌てて説明しようとする絵麻の言葉を、彼女は強い口調で遮った。頬を赤くして、うっすらと目に涙を貯めている。
「相手の気持ちや考えを理解しようと努力を尽くすことに、性欲の有無は関係ない」
彼女の怒気を孕んだ空気に、私はきゅっと唇をに力をいれた。冷静な仮面が剝がれ落ちたように、生々しく、感情的な彼女を目の前にして少なからず動揺した。
何に対して一体、怒っているのか。人の彼氏をたぶらかした女として、私が怒りたいくらいだ。
しかし、絵麻から聞いた話だと、彼女は好き好んで風俗嬢になったわけでないという。まるでドラマのような経験を経て、やむを得ずその業界に転職したという。
そわそわと私と知夏さんの顔を交互に見やっている絵麻を視界の端に捉えて、彼女は絵麻の親友でもあるんだよね、と少しだけ心が凪いだ。




