第205話 ゆず_揺れる偏見
「ごめん、待った?」
「全然。暇だったから早く来てただけ」
手に持っていた文庫本を鞄にしまうと、彼女は「初めまして。青樹です」と会釈しながら微笑んだ。私は目の前にいる女性が、どこで見たことがあったのか思い出して血の気が引いた。
「あ、えーと、とりあえず何か頼もう?」
挨拶に返事をすることなく、真顔で黙り出した私をチラチラ見ながら絵麻がメニューを差し出してくる。
コーヒーに強いこだわりがあることが一目瞭然で分かるメニューにじっくり目を通すふりをして、頭の中を整理した。
間違いない。優太とツーショット写真に写っていた女だ。
おちつけ、と自分に言い聞かす。相手は私の顔を知らないはず。いや、あのお人よしの優太のことだ。もしかしたら私が写った写真を見せたことがあるかもしれない。
「ゆず、何頼む?」
絵麻に話しかけられてハッとすると、私は仏頂面で答えた。
「…ブレンドで」
「じゃあ、私もそれにしようかな。知夏、おかわりする?」
「あ、うん。同じものを」
そわそわと落ち着かなさそうにしている彼女を真正面から凝視した。
思っていたより普通の感じだ。風俗嬢、と言われなければわからない。髪の毛も黒いし、化粧も薄い。服装もどちらかと言えば地味だ。
小柄で、むかつくことに美人だ。優太はこういうのがタイプだったのか。
「…初めまして」
先ほどの挨拶を返していなかったことに気づき、私は口角を上げることなく挨拶をした。知夏さんは戸惑ったような表情を取り繕いながら、どうも、と軽く頭を下げた。
「あ、実は二人ともすれ違っているよ!」
険吞な雰囲気を取り直そうとしてくれているのか、場違いなほど明るい声で絵麻が言った。
「この前、私、イベントで陶器を販売したじゃん?あの時、知夏もゆずも実は横並びで私の作品見てくれてたんだよ」
えっ、と思わず知夏さんの顔を見れば、彼女は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
あぁ、この顔、私のこと知っているな。
私は小柄な彼女を見下ろすように目を細めた。
ということは、もしかして優太と示し合わせていた?いや、優太があの日、知らない女性と話しているところを見てはいない。
しかし、私がトイレに行っている間は?あのイベントは人がすごくて長蛇の列だった。こっそりと会う機会はいくらでも作れたはず。
そこまで考えて、私は自分の馬鹿げた妄想に内心苦笑した。
もし、仮にそうだとしたら、風俗嬢はそんなサービスをするのだろうか。いや、それはないだろう。私なりに風俗嬢について、色々と調べてきた。あのイベントの最中に、そういったサービスを提供することはとても無理があると思う。
たまたま?たまたま共通の知り合いが絵麻だった?
チープなドラマのような展開に、吐き気すら覚える。




