第204話 ゆず_優太が選んだ人
大学1年の頃、同じクラスの子に顔を舐めるように見られた後、こう聞かれたことがある。
「その顔、天然?」
天然じゃなければ、なんなのか。そもそも天然って何のことだろう、と思い答えに困っているとその子は自分の目を指して言った。
「私、ここいじっているのよ」
どういう意味か全く分からなかったので黙っていると、整形しているってこと、と彼女は言った。私は衝撃のあまり口を半開きにしてまじまじとその子の目を見つめた。
「ちょっと横見せて」
その子は私が返事をする前に、私の横に勝手に回り込んできた
「ふぅん。すごい綺麗なエステティックラインね」
ねっとりとした視線が不愉快で、私は眉をひそめながら「なに」と聞いた。
「生まれながらの美人は何の努力もなく、与えられるチャンスが多くて羨ましいわ」
厭味ったらしく言う彼女に、私は全力で顔をしかめた。
一体、何の話をしているのか。何のチャンスの話をしているか不明だが、チャンスは与えられるものではなく、つかみに行くものだ。
美のために自分の顔を作り替える。私には全く理解できない考えだった。いったい何のために?
「自分の顔に好意を持っている人を捕まえれば済む話でしょ」
「あなた、そうやって無意識に人を傷つけているんでしょうね」
思いのほか冷たい声に驚いたが、間違ったことを言ったとは思えなかった。
たしかに、私は小さい頃から美人だと言われて育ってきた。しかし、美人故に他人よりも多くのチャンスが、この手に舞い込んできたとは思えない。唯一、自分の体で良かったと思えるものは、この身長だけだ。体格が武器になるバレーに十分に打ち込むことができた。
むしろこの顔のおかげで変質者に遭遇する回数は、人より多いのではないかと思う。電車で痴漢にあったことも1度や2度ではない。
しばらくしてあの子が整形費用を稼ぐために風俗で働いていると耳にした。美しくなって男性にモテるために、不特定多数の男とセックスをしてお金を稼ぐ。
頭、おかしいんじゃないの。
その子は大学を途中で中退した。その頃には整形美人として構内で最も有名な人物になっていた。彼女が整形美人だと知らなかったら、ハッとするほどの美しさに目が奪われたことだろう。
しかし、自分の体を売り物にしてまで、顔の造形を変えることに、私は吐き気を感じるほどの嫌悪感を覚えた。
私にとって風俗嬢とは理解しがたく、関わりすら持ちたくない存在だった。
絵麻から、友人の風俗嬢を紹介するからに話を聞いてみたら?と提案を受けて私なりにじっくり考えた。
私にとって優太は本当に大切な人。
だから、優太が他の女と付き合うことで、幸せになれるのなら身を引くべきだと思う。大切な人の幸せを願える人間になりたいし、他人の幸せを心から願えるほどの人に出会えたことは幸せなことだ。最近そう、思えるようになった。
絵麻の友人を紹介してもらうにあたって、どんな人なのか一通り話を聞いた。
絵麻の大学の友人で、絵麻と同じようにハンドメイドが好きで同じサークルに入っていた。成績優秀で、学費を半分免除してもらっていたんだとか。
卒業後は大手IT企業に勤めたものの、投資詐欺に遭っただけでなくストーカー被害にあって借金が残ってしまった経緯には、同情を禁じえなかった。
弁護士経由で借金の返済をすることもできただろうに、大手を辞めて風俗嬢に転職した決断には純粋に驚いた。風俗嬢なんて、真っ当な社会生活を送れない人が行き着く世界、と思い込んでいただけに、衝撃が大きい。
絵麻に言われたように、偏見が強すぎたのかもしれない。絵麻の友人である知夏さんのことを聞いて、その認識は素直に改めるべきだろう。
絵麻の友人なら、真っ当な意見を持っているはずだ。だからこそ、ちゃんと話しを聞いて、優太が騙されているなら、なんとかして助けたい。
私は初対面の方に失礼にならないよう、しっかりと身なりを整えて絵麻と合流した。
待ち合わせ場所は、レトロな雰囲気が素敵な喫茶店。良く磨かれた飴色のカウンター席とテーブル席が、老舗感を醸し出している。
「おぉ!サイフォン式のコーヒーだ」
カウンターの上にずらりと並べられている理科室の実験に置いてあるようなガラス製の容器をみて、絵麻が嬉しそうに声を上げた。
「知夏が教えてくれたんだけど、ケーキとコーヒーが美味しいんだって」
軽やかに微笑む絵麻に反して、私は緊張していた。上品でクラシカルな雰囲気のお店は馴染みがない。知夏さんは大人っぽい人なのだろうか、と想像を巡らせる。
「お、いたいた」
奥の席に向かって手を振りながら、ズンズン進む絵麻の後ろをドキドキしながらついていく。文庫本から顔を上げた女性が手を振り、私に目線を定めると小さく会釈した。
私も会釈を返したものの、どこかで見たような気がして頭の中の引き出しを引っ掻き回しながら席に着いた。




