第203話 知夏_珈琲カップに映る未来
松永さんは仕事が早い。夜遅くに送ったメールにも拘らず、朝には返信が来ており、その日のうちに内定先の方との面談日が決まった。
翌週の火曜日、私は指定された喫茶店へ足を運んだ。物凄くレトロな内装で、優雅な曲が流れている。私はウェイターに待ち合わせであることを伝えると、カウンターの横を進んで奥の窓際の席に通された。
あめ色に磨かれたテーブルと同系色の椅子に座っていた女性が立ち上がって会釈している。私は慌ててお辞儀をした。
「青樹さん、わざわざここまで来てもらってごめんなさいね。」
60代くらいに見える上品なこの方は、最終面接でお会いした取締役の富岡さんだ。てっきり入社したら私が配属される部署の人が来るかと思っていたので、こんな大物の方にお時間を作らせてしまい、申し訳なさのあまり緊張した。
「面接じゃないから気張らなくていいのよ。座って」
「失礼します」
私はぎこちなく椅子に座った。対面に座っている富岡さんは藤色や明るい鼠色の着物が似合いそうな上品な雰囲気をまとっており、若い頃はさぞかし美人だったんだろう。
「ケーキはお好き?好きなものを頼んで頂戴。2つでも3つでもいいわよ」
富岡さんはメニュー表を広げて私に見せてくれた。
「ここのケーキはどれも美味しいの。コーヒーはサイフォン式でね、あそこのカウンターにずらっと並んでいるのを見てても楽しいのよ」
富岡さんはカウンターの方を指さし、私は振り返った。カウンターの一角に理科室の実験で使うようなガラス製の容器が並んでる。いくつかコーヒーが入っており、確かに見ているだけでも楽しそうだ。
上品に口元を隠しながら笑っている富岡さんに気づいて、ばつが悪い思いで椅子に座り直した。サイフォン式のコーヒーをよく見ようと気づいたら身を乗り出していたのだ。
好きなものを頼んで、と勧められて私はオリジナルブレンドコーヒーと季節のフルーツタルトを、富岡さんは今月のオススメコーヒーとモンブランを注文した。富岡さんはここの常連らしく、マスターとは長い付き合いだそうだ。
富岡さんの雑談のおかげでだいぶ緊張がほぐれ、テーブルの上に飾られている花は造花ではなく、生花であることに気づくくらいの余裕が出てきた。
美しい模様のコーヒーカップが運ばれ、ケーキと一緒に並べられた。私のコーヒーカップと富岡さんのコーヒーカップは柄が全然違うが、普段見慣れない模様だけに非日常感がすごい。
「ここのコーヒーカップ、全部種類柄が違うのよ。もう何年も通っているけど、まだ柄がかぶったことが1回もないの」
「すごいですね」
富岡さんの笑顔につられて私も微笑んだ。コーヒーは酸味が少なく飲みやすく、美しく盛られたフルーツタルトは果物の甘さが際立ってとても美味しかった。
「さて、他に何か気になることはある?聞きにくいことでも何でもいいわよ」
私からの質問に丁寧に応えてくれた富岡さんに私は、どうして内定を頂けたのか採用理由を伺った。
「青樹さん、あなたの採用理由はその話しやすさ、その柔らかい雰囲気よ。ざっくりしている、という顔をしているわね。業界の知識は後でいくらでも勉強すればよいわ。だた、初対面の人でも話しやすい雰囲気づくりというのは、その人の資質と経験によるところが大きいと思うの」
ニッコリ笑って富岡さんは続きを話した。
「自分では気づいていないかもしれないけど、あなたは面接のときも今も、相手の話を聞いている時に、ずっと口角が上がっているのよ。私はそういう人の顔立ちを明るい顔立ち、って呼んでいるの。今回募集しているポジションは相手のニーズを正確に引き出す能力が必要とされるから、リラックスした雰囲気で相手が話せるように気配りができる人を探していたのよ」
私は黙って聞いていた。口角を上げることは意識するようにしていたが、面接の時は緊張して顔がこわばっていたような気がする。しかし、普段から意識していたことを評価されるのは嬉しかった。
「そして風俗のお仕事をされていたなら様々な年代、様々な職業の方とお付き合いがあったのではないかと思うの。あなたの風俗嬢時代の収入、同じ店舗にい続けてあれを維持するには、かなりの常連客を維持していないと難しいのではないかしら?ああいった世界は新人が稼ぎやすいところだから、お店を短期間で渡り歩いているならともかく、2年近く同じ店に在籍しているということは、応援してくれる常連客が多いだろうな、と思ったの。介護業界はIT化が進みだしたとはいえ、まだまだアナログの世界だし、人と人のつながりを重視する人が多い業界だから」
富岡さんは一口、コーヒーを飲むとこう言った。
「実は私も昔は水商売をしていたのよ。私はクラブにいたから厳密にいえば青樹さんとは職種は違うけど、お客様のニーズを把握してそれが満たされるように接客をし、なおかつそのお客様が通ってくださるよう維持し続ける、そういった点では同じだと思うの。あなたのその人当たりの良さを生かしてもらえたら、こちらとしてもありがたいわ」
私は嬉しくて泣きそうになった。私の経験をそのように評価してくれることに、そしてその経験が役に立つと言ってくれたことに。
「もし、青樹さんさえよければ、私から年収の交渉を他の役員に持ち掛けましょう。先日、提案した年収にプラスで30万上乗せ、でどうかしら」
それはインサイドの営業としてはかなりの好条件だった。そこまで評価してくれることに頭が下がる思いだ。
こんなにも評価してくれるこの人の元で働きたい、私はそう思い頭を下げた。
「来年から是非ともよろしくお願いいたします」




