第201話 知夏_卒業祝いの花束
平日に風俗嬢の仕事と転職活動をこなし、土曜日には相変わらずリクエスト予約をしてくれる優太と過ごす日々をすごしているうちに、あっという間に11月が終わろうとしていた。
そんな月末に私が新人のころからずっと毎月通ってくれたナカネ様がいらっしゃった。
「今までありがとう!卒業しちゃうのは寂しいけど、おかげで楽しかったよ」
そういって乾杯するといつものように3時間コースの大半を飲みながら楽しくおしゃべりし、ほんの少しだけベットプレイをした。
ナカネ様は私の常連客の中でも群を抜いて好ましいお客様であり、数少ない独身のお客様だ。本番行為を迫ることも連絡先を聞いてくることもなく、いつも楽しく話しながら飲み食いし、ベッドプレイをしないことも多かった。
一回りしか離れていないナカネ様は、お客様というよりかは飲み友達に近い感覚だった。一緒に飲んでいて、こんなに爆笑させてくれるお客様は他にはいない。
営業マンらしく話題のネタが豊富で、その多くが学生時代の甲子園出場を果たした部活の話だった。きっと、この仕事ではなく、もしプライベートで知り合っていたらいい飲み友で、頼もしい相談相手になっていただろう。
もう会えなくなるのは残念だな、と思えるほど私はこのお客様と過ごす時間が気に入っていた。
今までのお礼にチョコレートとコーヒーのセットを私は手渡した。するとナカネ様は紙袋から小さな花束を取り出し、照れたように言った。
「卒業祝い。形に残るものだと旦那さんに見つかったら怒られると思って」
そう言って私に可愛らしいピンクとオレンジの花束を手渡してくれた。
「次の仕事でもがんばれよ」
野球選手のようなたくましい腕に抱きしめられて、私はほんの少しだけ泣いた。
お客様の心根が嬉しかったのと、ずっと私の売り上げに貢献してくれたことへの感謝と、そして、お客様の気持ちをないがしろにせず、ちゃんと仕事を全うしようと決断した私の行いは間違っていなかったことに。
ナカネ様への最後の接客が終わった夕方、携帯に転職エージェントの松永さんから着信が届いていた。
留守電を聞くと、先日受けた会社の最終面接に受かったので、折り返しのご連絡お待ちしております、とのことだった。私はすぐに折り返した。
私の就職活動は思ったほど難航しなかった。風俗嬢という経歴をデメリットとしてとらえる企業が圧倒的に多いだろう、と覚悟のうえで馬鹿正直に自己アピールをしていたが、それがかえってポジティブに評価されたことは驚きだった。
もちろん、私一人だったら、おそらく内定獲得には至らなかったかもしれない。私に興味を持ってくれそうな企業を鈴木さんや松永さんが紹介し、丁寧に面接指導をしてくれたおかげに他ならない。
ちなみに私が鈴木さんや松永さんを経由せず、求人サイトを見て直接応募した企業はすべて書類選考で落ちた。
しかし、そんなことで気落ちするほど暇ではないことが幸いした。
本指名のお客様たちのおかげで、忙しい日々を送り、夜は心地よい疲れのおかげでぐっすり眠れる。週末には優太と一緒に遊びに出かけたり、彼の部屋で過ごした。風俗嬢期間の中で最も充実していた。
私は自宅に帰ると獲得した3つの内定を見比べた。自力では書類選考すら突破できなかったのだから、やはり転職エージェントの力はすごい。
一つ目の内定は広告代理店の新規開拓専門の営業。
営業手段はテレアポ、DM、展示会など様々な手段を活用する。年収は以前在籍していた会社に比べるとかなり良い。ただし、平均残業時間が40時間程とかなり多く、フル出社、在宅勤務は申請すれば状況によっては可能。
二つ目の内定は人材会社の営業。
転職希望者へのヒアリング、求人紹介、内定獲得まで一通り行う。ベースの年収は良い。インセンティブが入るため、努力次第で高収入を狙える。フルフレックス、完全在宅勤務可能。残業時間は個人差によって大きく異なるが、顧客の時間に合わせて仕事をすることが必要。
三つ目の内定は医療介護機器の営業。
部署は介護事業部。年収は悪くなく、残業はほぼ無い。インサイドの営業で、テレアポ部隊が取ってきた案件のWEB商談を行い、角度が高ければフロント営業につなぐ、リードの育成が主な業務。コアタイム有のフレックス。週2〜3回程度の在宅勤務。
まず、一つ目の内定はすぐに除外した。残業時間が多すぎる。残りの二つだが、どちらもメリットデメリットがある。
実は内定を獲得した人材会社は、鈴木さんが勤めている会社だ。鈴木さんみたいに熱意のある人と一緒に働くのは絶対に楽しい。そして何より、転職エージェントという仕事のすばらしさを身をもって体感した。
私も鈴木さんや松永さんのように、誰かの人生のターニングポイントで役に立てるような仕事をしてみたい。
しかし、正社員契約だが、個人事業主としての意識を持つことが必要だと言われたことが引っかかる。つまり、結構ハードな仕事なんだろう。
風俗嬢の仕事と違って安定したリピート客を獲得するのではなく、全てが単発、フロー型ビジネスだ。一つの売り上げは大きいが、毎月売り上げを上げ続けるには、相当な数の転職希望者を抱える必要があるはずだ。
一方で松永さん経由で内定を獲得した医療介護機器の商品は、ストック型ビジネス、つまりサブスクだ。
一つ一つの商品の売り上げは小さいが、解約されない限りは売り上げが積み重なっていく。確認したところ営業ノルマとしてはそこまで厳しくないようだ。なにより、興味がある商品を扱える。
しかし、お客様との面談がWEBということに引っかかりを感じた。できれば直接対面できる仕事をしたい。
給与はどう考えたって半分以下になるので、下がることは気にしていない。元の生活水準にスムーズに戻れるように、美容代以外は会社員の時と同じ水準を維持するように心がけてきた。
年収だけで決めるなら人材会社の方が条件がいいが、それだけでは決断できなかった。
私は絵麻と優太に相談することにした。




