第198話 知夏_誰かの涙の上に
「ゆずさん、優太の話聞いてなんて?」
「すごく悲しそうに怒ってた」
優太の辛そうなだろうな顔をみて、私は唇をかんだ。ハンドメイド展で見かけた彼女の横顔を思い出す。きっと別れ話を切り出されることなんて思ってなかったんだろう。
「それでゆずが、知夏のこと知ってた」
「はい!?」
予想外過ぎる話に素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ごめん、一緒にいるところ、ゆずに見られてた」
「えっ、いつ?」
「渋谷でメガネ買いに行った時」
見られていたのか。うかつだった。今更遅いけど、私は激しく後悔した。
「俺、ずっと浮気している、って思われてたみたい。だから、別れたくなくって、俺に歩み寄ろうとしてくれたんだって」
その結果、別れ話を切り出されたゆずさんの心情を思うと、私の立場の人間がするものではないが同情を禁じ得ない。
「あと、携帯の中も見られた。で、写真も見られた」
「…なんの写真?」
「俺の誕生日の日に撮った時の写真」
夕日を背景に荒川の土手で撮った写真か。逆光だったとはいえ、表情が分かるくらい鮮明に映っている。それは笑えない冗談だった。
「ゆずさんに私のこと、なんて説明したの?」
「正直に話した」
ゆずさんの反応が想像できて、思わず開いた口がふさがらない。
「なんて言ってた?」
「優太の気持ちは分かった。他に好きな人ができたなら、しょうがないと思う。でも、相手が風俗嬢なんて納得できない、って」
「…でしょうね。ゆずさんの思考は真っ当だよ。普通、そう言うよ」
結局のところ、私たち風俗嬢はどんなに心を砕いてお客様に向き合い、誠心誠意尽くしたとしても、世間の評価はそのようなものなのだ。理解したうえでこの仕事をしているとはいえ、自嘲気味に笑ってしまった。
「そうかな。でも知夏みたいな人もいるのに」
「そうかもしれないけど、風俗嬢の一般的なイメージはポジティブとは言い難いよ。優太も、初めて飲みに行った時にそう言ってたじゃん」
「…確かに」
かすかに眉を寄せながら思い出したように言う彼に、私は小さくため息をついた。
「もし、ゆずさんが、通ってるホストに惚れたから、そのホストと付き合いたい、だから別れて、って優太に言ったらどう思う?」
「それは、えっ、ちょっと待って、って言うよ」
「でしょ。たぶん、ゆずさんから見たら私が色恋営業してる、って思ったと思うよ」
「それ、言われた…」
冷静になって考えればわかりそうなものなのに、と思ったが、視野が狭くなるほど私の事を見て、考えてくれていたと思うと責める事もできない。
浮気相手になっているつもりはないが、少なからずゆずさんにそう思わせてしまったことに対しては申し訳なく思う。
私は俯きながら内省した。結果的に優太の気持ちが私に向いてしまったことが、そもそもの原因ではないだろうか。その気持ちを逸らすことをせず、喜んで受け入れてしまい、浮気と言われても言い返す資格はない。
「…もしかして、自分を責めたりしている?」
黙り込んだ私に優太が心配そうに声をかけた。
「…優太の当初の目的に、役に立たなかったな、と思って。それどころか、ゆずさんを泣かせる結果にしてしまったな、と思って」
「それは違うよ!遅かれ早かれ、ゆずとは別れてたよ」
私の方に手をやりながら、慌てて否定する優太を見上げた。
「俺もずっと限界を感じていたし、ただ、踏ん切りがつかなかっただけ。知夏のおかげで自分の気持ちに正直になれたんだから、感謝してるよ。」
それに、と呟いて優太が泣きそうな顔で笑った。
「俺に寄り添ってくれてありがとう」
「…優太の気持ちは嬉しい。でも、ゆずさんとちゃんと話し合って、お互い納得してからもう一度、私に言って欲しい」
わがままであることは分かっているが、これが私の本心だ。お互い黙って強く抱きしめあった。




