第197話 優太_笑顔の裏側にあるもの
知夏から聞いた話は、それは俺にとっては別世界のような話だった。
投資詐欺で数百万の借金。それを返すために会社を辞めて風俗嬢に転職。ニュースでたまに聞くけど、実際に話を聞くのは初めてだった。
知夏は大学の頃から革製品のハンドメイドの販売を行い、社会人になっても続けていたらしい。大学の先輩からセレクトショップを紹介され、そのお店で販売を行っていたそうだ。
独立話を持ち掛けられ、そのお店のオーナーから紹介された金融機関で借金を行ったものの、詐欺と分かったころにはもう遅かった。
そのオーナーとやらにクレームをいれたが、逆にストーカー被害にあい、引っ越せざる負えなかったという。警察にも弁護士にも相談したが、お金が返って来るのは難しい。
しかし、警察に相談したことで、ストーカー被害はなくなった、と。
「なんでそいつ逮捕されないんだ?」
俺は憤りを隠せなかった。今すぐ死んで欲しい。
「証拠がないのよ。相手が詐欺をした、っていう物的証拠が。借りたお金は渡すんじゃなくて、あいつのお店の売上に貢献する代わりに独立の支援をしてもらう、っていう口約束だったから。レシートも手元にないし、すべて現金払いだったから、私が買い物をした、っていう証拠もないし」
淡々と話す彼女が信じられなかった。なんでそんな冷静なんだ?
「知夏は悔しくないの?そんな目に遭って。」
「そりゃあ、腹が立ったよ。でもどんなに腹が立っても、どうしようもない。だったらさっさと借金を返して、会社勤めに戻ったほうが建設的じゃない?。それに数百万程度で良かったかもしれない。もっと高額だったらソープで働いてたわ」
笑いながら言っているが、俺からしたら全くもって笑えない冗談だった。
「まぁ、今となっては高い社会勉強だったと思う。この仕事も思ったほど悪くなかったしね。優太とも出会えたし」
知夏はそう言っているが、俺はそうとは思えなかった。誰が好き好んで不特定多数の男に抱かれる仕事を、自ら進んでやりたいと思うのか。もし、詐欺にあわなかったら俺と出会うことは無かったにしろ、辛い思いはしなくて済んだはずだ。
「怒ってくれてありがとう。それだけで充分だよ」
俺の頬に唇を付けながら知夏が言う。そんな知夏を抱きしめて言った。
「だから転職活動していたんだね」
「うん」
「次、何の仕事するの?」
「まだ、決まってないけど、会社員に戻るよ。土日休みの正社員」
「そっか。決まったらお祝いしよう」
「そしたら、また優太が作ったアクアパッツア食べたいな。あれ、美味しかった」
「今日のお昼に食べたやつ?もっと、いいもん食べに行こうよ」
「あれがいい。」
欲が無いというかなんというか。
「ちなみにこの仕事でいくら稼いでいたの?答えたくなかったら言わなくてもいいけど」
「え、それ聞いちゃう?」
ニヤニヤしながら知夏は両手の指を使って月収を教えてくれた。予想以上の収入だ。
それだけの収入を得ながら感覚が庶民的なままであることに驚いた。収入が上がれば生活水準だって上がる。借金返済があるとはいえ、物欲は湧かないのだろうか。
「もう借金は返し終わったの?」
「うん。8月に完済した」
「…大変だったね。辛いこともたくさんあったんじゃない」
「…」
急に黙りこんだ知夏の顔を伺うと、泣いていた。静かに音を立てずに泣いていた。
我慢強い子なんだろうな、と思う。
俺はティッシュをとって知夏に渡し、彼女は盛大な音を立てて鼻をかんだ。あまりにも素の状態に思わず笑ってしまった。知夏も少しスッキリしたように笑うと掛布団をたくし上げてヘッドボードに寄り掛かった。おれは自分の腕を枕にしながら彼女を見上げて言った。
「やっぱり、すごく人気なんだろうね」
「そうだよ。私、ランキング上位なんだから」
えっへん!というようにどや顔で得意げに答えてる。
「悔しいけど、他にもたくさん通ってくる人いるんだろうな」
「どうして?私が人気のない風俗嬢の方が良かった?」
「そしたら俺が一番になれたのに」
「そんなホストに通う女の子みたいなこと言わないで。たくさんのお客様のおかげで思ったより倍のスピードで借金が返せたんだから」
笑いながら俺の頭を撫でている知夏の手を取り引き寄せた。大人しく俺の横になり腕の中に納まる。
「…別にいいよ。来年から俺が独り占めするから」
「優太って時々、子どもみたいだよね」
「だめ?」
「全然、むしろ良い」
よしよしされて悪い気はしないが、子ども扱いされてちょっとムッとした。そんな俺を面白がるようにニヤニヤしながら知夏が言う。
「優太が初めてお店に電話した時、女性が出たでしょ?アレ、私だよ」
「え!そうなの?」
「うん。待機時間中や生理の日はお店で事務スタッフやっているから」
「知らなかった…」
「お客さんに言うの、禁止されてるから」
知夏は、内緒ね、と言った。
「さて、今度は優太の番だよ。どうして彼女と別れようと思ったのか聞かせて。」
俺は包み隠さず全て話した。ゆずのことが嫌いになったわけではないこと、今でも大事な人であることには変わりはないこと。
しかし、恋人として付き合うにはもう耐えられないこと、恋人からは男として求められたいことも、男として必要されたいと思うことも。自分が思っていた以上にプラトニックラブが辛かったこと、それに順応できなくて情けなく思うことも。
ゆずとはこの先、友人として付き合いたいと思っていることも。
ここまで本音をさらけ出せたことに、自分自身に軽い驚きを覚える。知夏なら何言っても受け止めてくれるだろう、その安心感が自分を素直な気持ちにさせてくれた。




