第196話 優太_嘘の終わり
目を覚ますと外はすっかり夕暮れ時だった。
寝室の窓から赤紫色に染まる雲が見える。腕の中をみると知夏が静かに寝息をたてていた。子どものような寝顔だな、と思いながらそっと頭を撫でた。
彼女を起こさないよう頭を手で支えながら、ゆっくり腕枕を外した。脱ぎ散らかしてある服の中からパンツを拾うと、それをはいてからトイレを済ませ、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを一気飲みした。知夏も目が覚めたら水を飲むだろうと思い、ペットボトルを寝室に持っていく。
ベットサイドにある小さなテーブルに置くと、彼女を起こさないように静かに掛布団をめくって隣に滑り込む。携帯で時刻を確認するともう17時だ。3時間も眠ってしまっていた。
裸のまま寝ている知夏に掛布団をかけ直し、首元までしっかりと覆った。
1カ月ぶりだった。今まで数年我慢していてもなんとか耐えられたのに、たった一ヶ月がとんでもなく長く感じた。
あんなに夢中になって抱いてしまって、かなり知夏を疲れさせてしまったはずだ。少し申し訳なかったな、と思いつつもそれ以上に知夏の感覚がまだ体に残っていて、笑みが浮かぶのを止められなかった。
セックスしてお互い疲れてそのまま寝落ちする。こんなにも心が満たされた状態で起きることができるこの幸せを手放したくない。
頬にかかっている髪の毛をそっと払い、そのまま頭を撫でる。すると知夏が身じろぎをしてうっすらと目を開けた。
しょぼしょぼと瞬きしながら完全に無防備な表情で俺の顔を見ると、ハッしたように飛び起きた。
「え!今何時!?」
「17時」
笑いながら知夏の腕を取ると、腕枕をして抱きしめる。やってしまった、とつぶやいている知夏の顔を覗き込みながら言った。
「すっごく良く寝てたよ」
「ごめんなさい」
「いびきもかいてた」
「噓でしょ…。ほんとうにごめん」
「冗談だよ」
笑う俺に対して、むくれ顔で俺の胸板を叩いてくる。俺はそんな知夏の頬に手を添えながら、ねぇ、と呼び掛けた。
「知夏って本当は人妻じゃないんでしょ。」
一瞬にして知夏の顔が真顔になる。
「怒ったりしないから、本当のこと教えて欲しい。」
「…」
躊躇いながらうつむこうとしている知夏の顔を、頬に沿えている手で阻止した。目を合わせようとしてくれない。
「…ごめん、噓ついてて」
「全然いいよ。奨学金の返済っていうのも嘘?」
「…ごめん」
「謝らないで」
大粒の涙がこぼれそうになっている瞳をそっと指でぬぐった。
「俺、知夏が好き」
緊張で声が震えた。知夏が、え、という風に見上げている。
「知夏がこの仕事、辞めた時にもう一度告白するから、その時に返事を聞かせて欲しい。もちろん、知夏が仕事として俺に付き合ってくれてるのはわかってるから、友達からでも構わない。俺と一緒に過ごして、いいなって思ったら付き合ってほしい」
どうかなと、と聞くと、今度こそ知夏は涙を流して泣き始めた。
「ウェブデザイナーやってるって言ったの、あれ嘘なの。本当はこの仕事が本業なの。…きっと優太が思っているような人間じゃないよ」
「うん、それでもいいよ」
「…彼女になる人が、色んな男に抱かれているって嫌じゃない?」
「現在進行形だったら、嫌だけど…。でも、知夏がこの仕事辞めるまで待つ」
すると泣き笑いしながら彼女が言った。
「たぶんそれ、思っている以上にしんどいよ」
「うん…。でも12月に辞めるんでしょ?もう少しだから我慢できるよ。」
困ったように泣き笑いしている。
「本音を言えば、今すぐこの仕事辞めて欲しい。でも、何か理由があるんでしょ?」
「…話、長くなるよ」
「いいよ。聞かせて」
知夏は起き上がり、ベットサイドのテーブルからティッシュを取ると鼻をかんだ。ペットボトルの水を渡すと音を鳴らして飲んでいる。
俺の二の腕に頭を乗せるとお互い黙って見つめ合う。俺はそっと彼女の腰に手を回した。




