第194話 ゆず_絵麻の価値観
優太と解散した後、私はたまらなくなって絵麻に電話をかけた。しかし、電話がつながらない。さすがに、陶芸教室はもう閉まっているはずだ。どうしても、今、話を聞いて欲しかった。
冷静ではいられない自分を必死になだめていると、握りしめていた携帯から振動が伝わってきた。飛びつくように携帯にでる。
『もしもし?どうした?』
のんきに話す絵麻に、私はあれだけ泣くまい、と決めていた心があっというまに傾いた。
「どうしよう、優太が風俗嬢に騙されて、とんでもない額のお金を巻き上げられている!」
『えぇ!?どういうこと?』
自分でもびっくりするほどの大粒の涙をぬぐいながら、何とかして説明しようと呼吸を整える。
『今、どこ?そっちに行くわ』
今いる最寄り駅を伝えると、30分後に着くから!と言って絵麻は電話を切った。
涙を拭ってとりあえず駅に向かったものの、流石に夜は冷える。駅前の喫茶店に入り、駅が見えるカウンター席に座った。
注文したコーヒがすっかり冷めきったころ、絵麻が額に汗を浮かべて喫茶店にやってきた。
「普段からもっと運動してくればよかった」
息を切らしながら隣の席にやってきた絵麻に、私は涙を堪えた。
「走ってきたの?」
「電車降りてからだけどね」
ふー、と息を吐いて、場所変える?と訪ねてくる。私は振り返って店内の様子伺った。そんなに混んでいないうえに、店内のBGMがやや大きいのであまり周りが気にならない。
「いや、ここでいいよ」
「そしたら飲み物頼んでくる。ゆずはおかわりいる?」
「私はいいや」
わかった、と頷いて絵麻の背中を見送った。
ホットミルクティーのカップをトレーに載せた絵麻が席に着くと、私は順を追って話し始めた。絵麻は私がアセクシャルだと知っているから話がはやい。できる限り感情的にならないよう、先ほどの出来事をなぞるように伝えていく。
「あー、なるほど?」
絵麻が目線を落としながらミルクティーをすすり、軽く指先でテーブルをコツコツと叩いている。高校からの付き合いのあるこの友人が、頭の中で情報をまとめている時の癖だ。
「ゆずは優太さんが欲しいの?それとも彼氏が欲しいの?」
考えながら口にしている絵麻の質問に私は即答した。
「彼氏としての優太にいて欲しい」
「それはちょっとわがままなんじゃ」
「…どうして?」
絶対に私の味方をしてくれると、なんの疑いもなく思っていただけに動揺が走った。
「だって、優太さんがゆずの彼氏であり続けるためには、ずっと他の場所で性欲の処理をする必要が発生するわけでしょ?風俗通いくらい自由にさせてあげたら?」
「くらい?私にはとてもそんな風に思えない」
性欲処理ならテンガとか使えばいいじゃん、と思わずつぶやくと、良く知ってるね、と絵麻は笑った。
「風俗に通うことは、しょうがないかなって思うようにするけど、本当はやだ。そんなものにお金も時間も浸かって欲しくない」
「ずっと我慢して私の彼氏でいて、っていうのはさすがに自分勝手なんじゃない」
「そんなことはわかってる!でも優太は今までの人とは違うって思っていたんだもん。なんでよりにも寄って、風俗嬢なの!」
シー、と絵麻が唇に指を充てて呟いた。知らず知らずのうちに声が大きくなっていたらしい。
「彼氏が欲しいなら、優太さんじゃなくっても、最初からノンセクシュアルだってことを分かったうえで、受け止めてくれる人を探した方が良いんじゃないの」
「そんな人いないよ」
絵麻の言い分はわかる。わかっているけど、そうしても他の女に情を向けて欲しくない。
「優太さんが欲しいなら、関係性は彼氏じゃなくてもいいんじゃない?友達でも。彼氏が欲しいなら、ゆずのことを理解したうえで彼氏になってくれる人を探したら?」
あっさりとした絵麻の言い方に少なからず私は傷つた。もっと、わかってくれると思っていたのに…。
「…絵麻は自分の彼氏が風俗に行ってたら嫌じゃないの?」
少しだけ恨みを込めて絵麻に目線をやる。絵麻はのんきに「そうだなぁ」と答えた。
「気分は良くないけど、理由を聞くかな。で、内容によるかな」
当たり障りのない回答に私は内心ガッカリした。そんな私の本音を見透かしてか、絵麻は真顔で聞いてきた。
「ゆずはさ、相手が風俗嬢っていうのが気に入らないんでしょ。もし、これが普通の人だったらそこまで怒らなかったんじゃない?」
確かに、過去を振り返っても絵麻の言う通り、これが普通の人ならまた浮気された、で傷ついて終わったかもしれない。でも、今回はそうではない。
「だって、風俗嬢ってホストと同じように客からお金を巻き上げる仕事じゃない」
「いや、それは偏見でしょ」
おかしそうに噴き出す絵麻に私は眉をひそめた。
「どうして?」
「真面目に仕事している人もいると思うよ」
正論に一瞬言葉を詰まらせながらも、私は負けじと言い返した。
「そうかもしれないけど、実際に優太はとんでもない金額を使っているし、色恋営業にまんまと嵌められているとしか思えない」
「まぁ、そういうやり方をする人もいるかもしれないね」
仕方なさそうに絵麻は肩をすくめながら、困ったように笑った。
「ちょっとゆずは風俗嬢に対して偏見が強いんじゃない?」
「偏見しかない」
正直に答えると、絵麻はあのね、と居住まいをただした。
「私の彼氏は女性向けの風俗店で元々キャストをやっていたし、仲の良い友達が風俗嬢なの。色恋営業している人はいると思うけど、真面目に働いている人もいると思う。だから、そんなに毛嫌いしなくていいんじゃないかなって」
初めて聞く話に私は思わず口をつぐんだ。
絵麻の彼氏や友達は真面目な人かもしれない。しかし、だからといって優太をたぶらかしている女がそうだとは限らない。
黙っている私に絵麻は覗き込むように下から見上げてきた。
「どうしてそんなに彼女としての立場にこだわるの?」
「どうして、って…」
この気持ちをなんて説明したらいいんだろう。私にとって優太は特別だ。特別な人の特別な存在になりたい、と思うことがそんなにいけないんだろうか。
「厳しいこと言うけど、もう相手の心が離れているなら、しがみついたってしんどい想いをするのはゆずだよ」
私を思いやっての言葉だと頭で理解していても、その言葉を受け止めることは到底できなかった。




