第193話 ゆず_優太からの別れ話
私は信じられない思いで優太の顔を凝視した。
彼から、話したいことがある、と連絡が来た時、ついにこの時がきてしまった、と携帯を持つ手がどうしようもなく震えた。
薄々、優太の心が私から離れていることは感じていた。でも、何とかしてこの関係を保ちたくて努力してきたのに。
「…風俗嬢?本気で言っているの?相手は仕事としてサービスしているだけでしょ?」
「そうだとしても、ごめん、俺は本気なんだ」
おいおいおい。いやいやいや。待て待て待て。
色んな言葉が一気にあふれ出して頭の仲がまとまらない。好きになった人ができたから別れたい、その理由は覚悟していたが、相手が風俗嬢とは誰が想像できただろうか。啞然としてしまう。
「…私が優太の気持ちに応えられないから、その、そういう行為ができないから、ずっと我慢させていたのは申し訳ないとは思うし、それでも一緒にいてくれたことに感謝してる」
私は今まで、告白されては別れを切り出された思い出の数々をなぞるように言った。優太は他の男とは違う、そう思っていただけに裏切られた気持ちだ。
「優太は今までの人とは違うって思ってた。ずっと私に寄り添ってくれて、本当に嬉しいし、感謝してる」
震える口で何とか感謝の言葉をひねり出す。ゆず、と優太が呟いたのを私は遮った。
「だから、本当は別れたくないけど、優太にこれ以上我慢させたくないから、だから、優太に好きな人が出来たら、しょうがないなって思ってた」
両手で包み込んでいるウーロン杯のコップがが小さく揺れる。仕事帰りの会社員で溢れている居酒屋はうるさいほど賑やかで、個室席でも喧騒が良く聞こえてくる。
私は周りが騒がしければ騒がしいほど、私の頭は静かになっていくのを感じだ。
「なんで風俗嬢?普通じゃないでしょ。そんな子」
「どうしてそう言い切れるんだよ」
ムッとしたように言う彼に心底悲しくなる。騙されているとしか思えない。
「風俗で働いているなんて普通じゃない。一般企業で働けないような人が行く場所でしょ」
軽蔑を込めてそう言い切ると、初めて優太は軽蔑の眼差しを込めて目を細めた。
「…ゆずが仕事で貴賤を言うとは思わなかった」
「いや、だってそうじゃん」
なにをどう言われたっていい。絶対に騙されている。こんなに人が良い優太を騙すようね真似をして許せない。
私は自分を落ち着かせようと大きくため息をついた。
「ちなみにいつお店にいったの?」
「…7月」
呟くように答えた彼に私は質問攻めした。
「何回行ったの?」
「わからない…」
「わからない?」
「…ほぼ毎週、会いに行ってから」
「え、毎週…?」
思わず言葉に詰まった。
「私と会う頻度より多いってこと?私が一級建築士の資格勉強をしている間も?」
「ごめん」
伏せた目が申し訳なさそうに揺れている。仕事に資格勉強に忙しくて優太と会う時間を中々作れなかったことは、私に責任がある。そう思うと優太を強く責めることはできない。
「ちなみにいくら使ったの?」
自分でもどうしてこんなことを聞いたのか、わからない。知りたくないような、でも知っておくべきことのような気がしてならない。
もごもごと不明瞭な返事が返ってきた。はっきりしない回答に眉間にシワを寄せながら「なに?」と聞き返すと、両手で数字を表しながら優太が答えた。
「えぇ!?嘘でしょう!」
予想以上の高額に叫んでしまった。個室にしといて良かった、と場違いな感想が頭をよぎった。
私は無理やり、ゆっくりと深呼吸をした。
高額すぎる。信じられない。貢がされているのだろうか。どう考えたって尋常じゃない。
「まさか、借金してまで行ってるの?」
「いや、貯金だよ」
「優太はその、おかしいと思わないの?そんな金額を使って。貢がされているわけじゃないでしょうね?」
「俺はそれだけのお金を使う価値があると思う。それに一度だって指名を要求されたことは無いよ。あの人は、いつもは俺のお財布事情を気にかけてくれる優しい子だよ」
「…洗脳されすぎ。絶対に色恋営業されているだけだよ」
「は?なんでそういうことになるの」
呆れたようにつぶやく私に、心底、不愉快そうに眉をひそめている。
ネットかSNSか何かでホストにはまって借金をして、身売りをしながらもホストに貢いでいる若い女の子の動画を見たことがある。優太もその状態を同じに違いない。
少しでも状況を把握するために、精一杯感情を押し殺した。
「…毎回ホテルで?」
「いや…」
「…?」
ホテルに行かないのならどこに行くっていうの?
キョトンとした脳内に、もしかして、と嫌な予感がよぎった
「もしかして、優太の、家?」
気まずそうに目線をずらす彼に、とんでもなく相手の風俗嬢に怒りが湧いた。人の彼氏の家にノコノコ土足で上がるような真似をして!
「なんで風俗嬢を部屋に上げているの?どうして彼女の私以外の女を部屋に上げられるの?」
「でも、ゆずとは俺のベット使わないじゃん…」
「そういうことじゃないでしょ!」
信じられない。優太の部屋に上がってもいいのは私だけなはずだ。毎週、優太の家でお家デートというサービスを提供していたとでもいうのだろうか。
「もしかして優太が誕生日の日、有給取っていたのってその女と会うため?渋谷で一緒に手をつないでいたあの女?」
初めてばつが悪そうに顔をしかめる優太に、私は泣きたい気持ちを必死で堪える。こんなところで泣いたって惨めでしかならない。
「…一緒に写真を撮るほど仲が良いんだね」
つい嫌味を言ってしまった。目線をずらしていた優太がハッとしたように顔を上げた。
「え、なんで…、あ、俺の携帯。勝手に見たの?」
避難めいた雰囲気に罪悪感が若干、頭をもたげたが、どう考えたってこの状況では私は悪くない。
「浮気しているんじゃないかと思ったから」
「いつ、見たの?」
「箱根旅行で。優太が温泉に入った時に」
彼は私を怒る立場ではないし、そのことを絶対にわかっている。その証拠に、顔をゆがめながらも、私が優太の携帯を勝手に見たことについてはそれ以上何も言ってこなかった。
私は優太の携帯を見た時に見つけた、異常に多い非通知の着信履歴を思い出した。
「あぁ、だから、あんなに非通知の着信があったんだ?」
「……」
優太は何かを堪えるかのようにため息を着くと、肘をテーブルについて頭を手の甲に置いてうなだれた。
「悪いけど、納得できない」
努めて冷静に、洗脳されている人に感情的になったところで相手に言葉は届かない、と何かで聞いたことがある。
きっと、優太は冷静な判断ができなくなっているだけ。客観的に物事を認識させなければ。
「ホストにはまって借金したり、風俗で働いてまで貢いでいる女の子が問題になっていることくらい、優太だってニュースでみたことあるでしょ。私には優太がその状況に陥っているようにしか思えない」
私はできる限り優しく語り掛けるように話した。なんとかして伝わって欲しい。貴方は騙されているんだよって。
「それに、もしかしたらその風俗嬢だって、ホストに貢ぐために働いているのかもしれないよ」
そうに決まっている。半ばそう決めつけて言うと、潤んだ瞳で睨みつけられて、少しだけ心が痛んだ。でも、私が優太を正常に戻さなければ。
「私が相手できないから、風俗に通うのは仕方ないことだと思う。それは許す。けど、毎週は会いすぎ。せめて月に1~2回、その女以外にして」
これは私からしたら最大限の譲歩だ。本音を言えば風俗になんか行ってほしくない。
「恋愛感情があるうえで他の女を抱きながら、私と付き合い続けることが私に対する裏切りになるって、どうして考えなかったの。他の女を抱くなら事前に相談して欲しかった」
うなだれたまま、優太は微動だにしない
「そんな理由で別れることはできない」
目を覚まして欲しい。そう願いながら、その日は解散となった。




