第192話 知夏_人それぞれの愛の形
私は風俗嬢として働いたおかげで、以前、陸さんが話してくれた『セックスに対する価値観が変わる』ということが、どういうことなのか分かったと思う。
必ずしもセックスとは挿入行為を指すことではない。お互い満足できれば、たとえ挿入行為がなくても、それはセックスだと思う。陸さんが言っていたように、相手がいく姿をみて満足する心境は理解できる。
しかし、これを一般の人が果たして感覚的に理解できるのであろうか。たしかに、稀に女性のいく姿を見たい、自分は射精しなくて良い、というお客様もいるが、これはかなり珍しいケースだ。そして、そのようなお客様はだいたいが年配の方である。
絵麻みたいに、挿入自体が恋人同士で行われる特別な行為、それを行うことでお互いが特別な関係性であることを再認識する人は、気持ちが良いかどうかは最優先事項ではないのだろう。
なるほど。人によってセックスに対する定義は異なる、ということを再認識させられた。
「陸さんに想っている事、伝えてみたら?」
「…して欲しい、って言ったらしてくれると思う。でも、そうじゃないんだよね。こっちの要求に応えて、じゃあやろうか、って陸なら絶対に言うしやってくれると思う。けど、そうじゃなくて、自然な気持ちで求めて欲しい。なんかこう、言われてからやる、みたいなのは嫌なんだよ」
「まぁ、気持ちはわかるけど」
私も風俗嬢をやる前だったら、恋人とのセックスで挿入行為がなかったら不安に思うだろう。私に何か非があるのだろうか、それとも女としての魅力にかけているのだろうか、と。今、絵麻が抱いている不安が普通の感覚なのだろう。
私も陸さんも風俗業界にキャストとして身を置いた経験があるから、セックスに対する価値観が一般の人とは異なってしまったのかもしれない。
以前話した陸さんの話は本人から口止めされているので、言うわけにもいかず私は自分の考えとして伝えた。
「私は相手がいってる姿を見て満足する気持ちはわかるかも。まぁ、それが仕事だから、っていうのもあるかもしれないけど、好きな人が気持ちよくなってくれてたら、精神的に満足できるだろうな、って思う。もちろん、自分もいけることに越したことは無いけど」
「そういうもんなのかな…」
絵麻は納得しかねる様子だ。
私はプライベートの経験に加え、この仕事を通して世の中の男性が意外と女性をいかせることができない、という驚きの発見をした。
もしかしたら、私の体質のせいかもしれないが、はっきり言って下手というか、軌道修正しない人が多いと思う。
あまりにもいくのに時間がかかると申し訳ない、という気持ちになるから女性側は相手に配慮して演技をするんだろう。そういった経験を腐るほどしてきた私から言わせれば、陸さんのセックスに対する姿勢や価値観は素晴らしいものだと思う。上等だ。
「ちなみに知夏からみたら、男性が入れなくなる理由って何だと思う?」
「いやー、色々あるとは思うけど」
さて、なんとコメントすべきか。
大変失礼な妄想だが、陸さんくらいの年齢になってくると中折れしてしまうことは珍しくはないはずだ。もしかしたら、男のプライドがそれを許せないから挿入行為を行わないのかもしれない、と考えたがさすがに言うのは憚れた。
「いや、やっぱり本人と話し合った方が良いと思うな。結婚するなら尚更、話した方が良いと思うよ」
「そうだよね…」
思いつめた表情の絵麻が心配になった。
「プロポーズされたとき、なんて答えたの?」
「陸にはちゃんと考えたいから時間欲しいって言ってる」
「そう。もし、絵麻から今の話が言い出しにくかったら、私から陸さんに伝えようか。その、絵麻は知らないっていう体で。絵麻からこんな相談が来たんですけど、って感じで」
「…いや、帰ったら話してみる」
「わかった」
「話聞いてくれてありがとう。お酒の力借りないと話せないと思うから、たくさん飲んどく」
そう言って絵麻は残りのワインを飲み干し、おかわりを注文した。私も絵麻のペースに合わせて同じものを注文する。
傍からみたら仲が良い恋人でも、そういった悩みがあるんだな。それにしても、女としての自尊心がどのように満たされるのか考えさせられた。
私には全くもってない思考だった。挿入行為が恋人としての証、その発想が出てくるくらい、ピュアでセックスを神聖なものとしてとらえることができる絵麻が、羨ましくも思えた。




