第189話 優太_二時間半の電話
高校を卒業したころから変わらない部屋。今でも母が掃除をしていてくれているのか、ホコリが溜まっている様子もなく、部屋は俺が使っていた頃よりきれいだった。
窓を全開にし、網戸だけにするとひんやりとした風が吹き込んでくる。携帯のディスプレイ画面をしばらく見つめ、知夏に電話をかけた。
しかし、繋がらなかった。6コールなったところで諦め、携帯を切る。
何の根拠もなしに直ぐに電話に出てくれるもんだとばかり思っていただけに、残念な気持ちが募った。
しかし、折り返しがくるかもしれない、と期待をにじませてとりあえずベットに寝転んで動画を見ながら時間を潰していると、30分ほど経ってから折り返しが来た。俺は文字通り跳ね起きて電話にでた。
『もしもし』
電話で聞く知夏の声はいつもより少しだけ低く聞こえる。そのせいか安心感を感じた。
「もしもし、ごめん、忙しかった?」
『ううん、お風呂入ってた。気づかなくてごめんね』
「いや、こちらこそ、いきなり電話してごめん」
『いいよ。気にしないで。実家、どう?』
俺は新しく家族になったマルの話や、吉田さんのこと、弟の嫁さんのことなど、今日1日のことを話した。
知夏は笑いながら話を聞いてくれて、知夏は何をして過ごしていたのか聞くと、ジムに行き、就活の準備をして漫画を読んでいたと話してくれた。
そこから他愛のない話になり、それは高校生の頃、初めてできた彼女と長電話をしていた夜を思い出させた。
「次の土曜日、11時から予約していい?」
『いいよ。いつものところで待ち合わせ?』
「そうしよう。お昼ご飯、用意しておくよ。何食べたい?」
『簡単なものでいいよ。いつもありがとう』
「それが一番困るんだよなぁ。じゃあ、アクアパッツァとかどう?」
『おしゃれ。じゃあ、ワインと薔薇を持っていくわ』
おかしそうに知夏の笑い声が電話越しに響いた。アクアパッツアなんて、気合い入れすぎている、なんて思われただろうか。しかし、煮込み料理だから簡単なのに美味いんだよな。そう考えていると、知夏が、あのさ、と言った。
『次からの予約時間、最短コースにして欲しい』
「その日、予定あるってこと?」
『ないよ。優太が予約してくれる日は丸々一日空けてる。予約時間が終わっても、まぁ、一緒にいてもいいかな、と思って。いつもそうしてるし』
「…それは時間外労働をしてくれるってこと?」
あはは、と笑い声が聞こえる。
『そういうこと』
嬉しくて笑いがこぼれた。それはすごく嬉しい提案だったが、彼女の収入が減りはしないか?その懸念点を伝えると、知夏は笑いながら言った。
『大丈夫。困ってないから』
「奨学金の返済が終わったってこと?」
『…まぁ、そんな感じ』
躊躇いがある返事に違和感を覚えたが、深くはつっこまなかった。俺は、おめでとう、と言った。少し沈黙が流れたあと、ずっと考えていたことを初めて口にした。
「俺さ、彼女と別れようと思う」
『えっ、どうして?』
裏返った声が携帯越しに聞こえ、驚きが伝わってくる。
「今度、会った時に話すよ。」
ゆずと別れよう、言葉にして初めて自分の心が固まった。
『わかった。私でよければ話を聞かせて』
「ありがとう。遅くまでごめん。また電話してもいい?」
『いいよ』
「ありがとう。そしたらまた連絡する。おやすみ」
『わかった。おやすみ』
電話を切ると2時間半も話していた。時間が溶けたのかと思うくらい、時が経過していた。しかし、楽しい時間だった。




