第188話 優太_祝福の夜に
弟の祥太の嫁さんは、よく笑う明るい女性だった。
彼女の素朴な雰囲気は両親だけでなく、祖父母もいたく気に入ったようで我が家の団欒は祝福ムードで和やかに進んだ。
農業機器の営業をしている嫁さんに弟が猛アタックしたらしい。この弟の粘り強さはどうやら父親譲りの様で、父は母に猛アタックした上にゲットした、と子供の頃から耳にタコができるくらい聞かされてたことを思い出した。
「嫁さんもらうんだから、一生大事にしろよ。浮気なんかしたらぶっ飛ばすからな」
そう言った祖父に弟はアハハと笑っていたが、俺は笑えず苦笑いに留めた。
まだゆずと別れてもいないのに、知夏に心変わりしていることを祖父に知られたら、俺も顔面を殴られるのだろうか、そう考え小さく苦笑した。
ここがある程度の都市だったら、弟夫婦は夕飯を食べたら電車に乗って帰宅していただろう。
しかし残念ながら、我が家は車が無いとどこにも行けないような田舎である。弟夫婦はそのまま実家に泊まり、明日、嫁さんの実家がある秋田に挨拶に行くそうだ。
俺は風呂につかりながら、訪問初日にいきなり宿泊する弟夫婦のことを思った。
挨拶当日に旦那の実家に泊まることになって、気疲れしないだろうか。俺が弟の嫁さんの立場なら間違いなく気疲れしてしまうだろう。
風呂から出ると弟の部屋に嫁さん用の布団を運んでいる母さんと、廊下で鉢合わせしたのでこっそり聞いてみた。
「いきなり家に泊まるなんて、嫁さん、大丈夫かな。気を遣わせちゃわない?」
すると母はあっけらかんとして答えた。
「いつかは泊まりに来るんだから、最初に気疲れしといて慣れた方が後が楽よ」
そういうもんだろうか。俺にはよくわからん。
リビングに戻ると、弟の嫁さんと父が夕飯の残りのお刺身を肴にまだ飲んでいた。本日、開けたばかりの一升瓶の日本酒がもうなくなりそうだ。祖父も父も俺も酒に強い家系だと思っていたが、どうやら嫁さんはそれ以上にザルらしい。
「祥太は?」
「庭で大和丸と遊んでる」
俺の質問に父が顎を庭の方にしゃくって答えた。まったく、嫁さんをほっといて何してるんだよ。
居間から庭に降りると、マルが仰向けに寝転がりながらお腹を弟に撫でられている。
「嫁さん、ほっといていいの」
「大丈夫。とんでもないコミュ力の塊だから」
「なんだそれ」
俺が弟の隣でしゃがむとお腹を撫でられていたマルは立ち上がり、俺の足に頭を擦り付けてきた。愛想のいいやつである。
「嫁さん、いい子だね」
「でしょ!アタックした甲斐があったわ」
歯を見せながら笑っている。お互い家を出てからは、たまにしか連絡を取り合っていなかったが、学生時代はコイツからよく失恋話を聞いたものだ。それがすっかり結婚する年齢になって、俺も年を取ったな、と感慨深いものがある。
「明日、早いんだろ。早く嫁さんを父さんから解放させてやれ」
「それもそうだな」
軽快に立ち上がりリビングに戻ると、嫁さんに風呂を勧めている声が聞こえた。俺はマルの頭を撫でながら携帯で時間を確認した。まだ20時だが、知夏は家にいるだろうか。声が聞きたい。
自室に戻ろうと庭からリビングを横切ると、父から呼び止められた。
「おい、お前も飲んでけ」
「いや、さっき飲んだけど。ってか祥太は?」
「風呂」
「先に嫁さんに入らせろよ…」
すると嫁さんがいいんです、と手を振った。
「なんかすみません、マイペースな弟で」
俺が謝ると嬉しそうに笑いながら「そこがいいんです」と笑った。
おおらかな人だな、と思う。どちらかといえば猪突猛進型の弟とは全くタイプが異なる。
「良かったらお義兄さんもどうです?」
勧められれば断るわけにはいかない。俺は自分用におちょこを食器棚からとってくると席についた。
嫁さんは農業機器の営業をしているだけあって、農作物に詳しく、俺が勤めている会社が開発した商品を知っていたことは素直に嬉しいことだった。
嫁さんと飲み始めて30分後くらいに弟が風呂から出てきた。今度こそ嫁さんに風呂を勧め、俺は自室に戻った。




