第186話 優太_冬を迎える故郷
新潟駅に降り立つと、東京とは比べ物にならないほどひんやりとしている。薄手のジャケットしか持ってこなかったことを早くも後悔しつつ、駅前にある駐車場に向かう。父が乗ってるミニバンを見つけて片手を挙げた。
助手席に乗り込もうとドアノブに手をかけると、ドアが大きくへこんでいる。なんだこれは、と思いながら車に乗り込んだ。
「すごいへこんでるじゃん。どうしたの?」
「この前、鹿に激突されたぁ」
ガハハハ!と豪快に笑いながら、父はエンジンをかけると家に向けて走り出した。
害獣による被害を聞くと、東京ではありえない出来事に田舎に帰ってきたな、という気持ちになる。実家は比較的、田んぼが広がる平地だが、山の方に住んでいる友人は畑に侵入している鹿や猪を目撃することは日常茶飯事らしい。
市街地を抜け田園地帯に入ると、稲刈りがすっかり終わった田んぼがひろがっている。 少し前だったら稲架掛けが見れただろう。今ではそれが取り払われ、遠くまでよく見渡せた。冬の訪れを感じる懐かしい景色だ。
ひたすら続く田んぼの風景を眺めていると実家に到着した。庭から犬の吠える声が聞こえ玄関には向かわずに庭に直行すると、だいぶ毛が白っぽい柴犬が尻尾を振っている。つい、昔の癖で飼っていた犬の名前を呼んでしまった。
「新しい犬の名前は大和丸だ。カッコイイだろう?」
父がどうだ、と言わんばかりの得意げな表情で言った。
同期の大和と同じ名前かー、苦笑交じり「そうだね。」と応え、新しい家族を撫でてやる。
昔、飼っていた犬は父の命名で、海王丸だった。もっとも、名前が長すぎて家族は、カイちゃん、と呼んでいたが。
大和丸も名前が長いので、ヤマちゃん、と呼ぼうと思ったがどうしても大和の顔がちらつくため、俺は、マル、と呼んだ。
「結構、年とってない?」
「もう10歳だからな」
「人間の年齢にしたら父さんより年上じゃん」
「そうだぞ。我が家の家長だ」
父はガハガハ笑いながらワシワシと大和丸の顔を撫でまわしている。
「この犬、どこでもらってきたの」
「吉田さん家」
「え、誰?」
「町内会の人」
「知らねー」
「そこの吉田さんな、腰やっちゃって犬の世話が難しいから、俺が引き取った」
ふぅん、と言いながらマルの顎下をなでる。
「そうだ、お前、大和丸を連れて吉田さん家に挨拶に行ってこい」
「え、嫌だよ。俺、知らないし」
「手土産に柿とさつま芋持っていけ」
全く人の話を聞かないで、どんどんと話を進めていく。父は縁側から母に呼びかけると柿とさつま芋を袋に詰めさせた。
気乗りしないまま、とりあえず荷物を2階にある自分の部屋に持っていった。昔来ていたジャンパーをクローゼットから取り出し、羽織りながら階段を降りると、ちょうど祖父がトイレから出てきたところだった。
「じいちゃん、ただいま」
「おう。相変わらずでかいな」
80歳になったばかりの祖父は、実年齢よりずっと若々しい。若いころは俺と同じくらいの身長だったそうだが、いまでは幾分しぼんでいるとはいえ、趣味のランニングを続けているようで動きがキビキビしている。
居間でテレビを見ていた祖母に声をかけ、手土産の柿とさつま芋でずっしりとした袋を母から受け取ると俺は庭に降りた。
「ここからどのくらい?」
「まぁ、30分も歩けば着くだろ」
「えぇ、遠」
往復1時間の散歩である。確かに昔、犬を飼っていた時はそれくらい散歩はしていたが、ちょっとめんどくさい。
「ちなみに散歩はいつも誰がやってるの?」
「じいちゃん」
なるほど。ランニング好きの祖父にとっては良い相棒だろう。
「17時までには戻って来いよ!祥太が嫁さん連れてくるからな」
「わかった。」
まだ14時なので確実にその時間までには戻ってこられる。吉田さんの家の住所を携帯で検索し、マルのリードを持った。




