第185話 優太_報われない前提の恋
おそらく、いや、絶対に連絡が来るだろうな、と思ったら案の定、千早から業務用のチャットで連絡が来た。
『今日何時に仕事終わる?飲みに行こう』
わざわざ会社のチャットを使わないでラインでいいだろ、と思いながら、1時間くらい残業すると思う。了解。と返事をした。
思ったより残業が長引き、19時半過ぎに退勤すると千早に連絡を入れる。千早もまだ会社にいるようで、とりあえず1階のエントランスで待ち合わせをした。
直ぐに千早がエレベーターを降りてやってくるなり「腹減ったわ。」と言ったので、俺も、と返しとりあえずご飯がガッツリ食べれる居酒屋に直行した。
席に着くなり、とりあえずビールを注文し、千早は豚の生姜焼き定食、俺はアジフライ定食を注文した。すぐにビールとお通しの冷奴が運ばれ、乾杯をする。空きっ腹なのですぐにアルコールが回りそうだ。
「で、あの子?優太が通ってる風俗の子」
千早がビールジョッキをテーブルの上に、ドンと置いていった。
「まぁ」
今更隠すことでもないので、すぐに肯定する。
「美人だな。胸もでかいしスタイルも良い。おまけに愛想も良い。さすが高いお店の子なだけあるな」
「え、なんでそんなにジロジロ見てるの」
知夏を褒められるのは嬉しいが複雑だ。
「いやいや、あんな体のラインが出る服を着ていたら目の保養だって。男なら見るだろ」
千早がニヤニヤしながら言った。今度会ったら、その服着ないでって言おう。いや、彼氏でもないのにそんなこと言われるのはさすがにうざいか。いやしかし…。
「人妻かどうか、確認した?」
「いや、まだ…」
「奥手すぎん?」
「でも、連絡先は教えてもらった」
それは良かったな、と言ってビールをあおっている。俺は冷奴をつまみながら頷いた。
「…優太、マジで惚れてるんだな。あの子に。顔が全然ちがったよ」
「あんまり見んなよ」
ムッとして答えると千早は、悪い、と言った。
「これからどうするの。あの子のこと、好きなんでしょ」
「…今、考えてる」
「そう。もし、あの子を選ぶなら牧原さんに早めに言ってあげなよ。ズルズル引きずるのは相手がかわいそうだよ」
「わかってる」
言われなくてもそんなことわかっている。ただ、決断をする時間がもう少し欲しい。
注文した定食が来たので、お互い黙って食べる。半分ほど食べたところで俺は千早に気になっていたことを聞いた。
「昨日、一緒にいた子って彼女?」
「いや、セフレ」
「あ、やっぱり?」
「え、なんで?」
「知夏が、千早と一緒にいた女の子を見て、同業者かと思った、って言ってたから」
「ふーん。知夏ちゃん、っていうんだ。源氏名?」
「本名だって。」
「え、本名で呼び合ってるの?」
俺はアジフライのしっぽを咀嚼しながら頷いた。千早が何とも言えない顔をしている。
「しかし、喋ってもいないのに見ただけで同業者、ってわかるなんてさすがだね。というか、ご飯食べてからホテル行ってるの?」
「いや、昨日は食事しただけ」
「え、お金払ってわざわざ食事だけ?」
「悪いかよ」
「いや、悪いというか、ガチなんだな、と思ってさ」
「…俺だって最初はこんなに好きになるなんて、思ってもみなかったよ」
ムッとはしたものの、千早が驚くのも分からなくはない。わざわざ、一緒にホテルに行くことができるだけのお金を払って、食事しかしていないのだ。
「別に責めてるわけじゃないよ。そこまで誰かを好きになれるってすごいな、って思っただけ」
確かに、ここまで人を好きになったのはゆず以来かもしれない。しかし、ゆずに抱いていた気持ちとは少し違う。知夏に対しては渇望に近い感情のようなものがある。
今まで知夏に会うためにつぎ込んだお金をざっと頭の中で計算してみた。結構な額を使ってしまった。長年かけて貯め続けた贅沢貯金も半分近く使っている。
しかし、それだけの大金をつぎ込んでも全く後悔がないどころか、それ以上の価値があったと思う。
「俺さ、昨日、セフレに振られたよ」
千早がため息をついて言った。
「え、なんで?」
「好きな人ができたんだって。だからもう俺とはやれないってさ」
あーあ、と言いながら千早は残りのビールを飲み干した。
「まぁ、所詮はセフレの関係でしかないから、お互い都合のいい時に会って寝るだけだったんだけど、今思うと俺結構好きだったんだよな、そいつのこと。だから、ちょっとへこんだ」
「そっか」
なんと声をかければいいのかわからず、曖昧に頷いた。
「彼女とは…?」
「もちろん、まだ付き合ってるよ。でも、俺にとってのセフレって山椒みたいなもんなんだよな」
「サンショウ?」
「鰻にかけるやつ。
「あー、あれね」
「鰻はさ、そのまま食べても美味しいけど、山椒かけるともっと美味しいじゃん」
「もしかして彼女のことを鰻に例えてる?」
「そうそう」
「さすがに共感しかねるわ」
半笑いで答えた。そうだろうな、と千早は答え追加のビールを頼んだので、俺も同じものを注文した。
「知夏ちゃんには告白はしないの?」
「…考え中。でも、今、言ったとしても断られると思う」
「なんで?」
俺は昨夜あったことを話した。千早と遭遇して知夏が周りを気にしていたこと、帰りもわざわざ別の路線で帰ったことなど。千早は黙って頷きながら聞くと言った。
「その子、ちゃんとしてるね」
「…」
「牧原さんの顔を知っている会社の人に見られたらめんどくさそうじゃん。それに牧原さんに見られたら大変なんじゃない。」
「…ゆずの会社とは方面が全然違うよ」
「そういうことじゃなくて」
「わかってるよ」
知夏が俺に配慮してくれていることは分かっている。俺が浮気をしている、という噂が立つことを気にしていたのだろう。俺に気遣いをしてくれることが嬉しくもあり、気を遣わなくていい関係になりたいとも思う。




