第183話 優太_触れた手が止まる場所
予約終了の時間が迫り会計をしようとすると、知夏が払わせてほしい、と主張してきた。
「この前、キャンセルしちゃったし、今日も仕事帰りでしょ?お詫びもかねて奢らせてほしい」
「いやいや、お詫びならさっきもらったよ」
俺は知夏からもらった紙袋を掲げた。
「たいしたものじゃないよ」
「気持ちが嬉しいんだよ」
そう言うと、わかった、と知夏は引き下がった。知夏のこの素直さがいいな、と改めて思う。ゆずだったら絶対に引かないだろう。
「じゃあ、代わりにこの後、もう少し付き合って」
「いいよ」
会計を済ませお店を出ると、グッと気温が下がっていた。知夏は胸の前で腕を組み隣を歩いている。
「寒い?」
「いや、大丈夫。」
首を振っている知夏を見下ろす。手、繋ぎたいんだけどな、と思ったがなんとなく言うのが躊躇われる雰囲気を感じた。
「どうする?もう一軒行く?」
「いや、ちょっと散歩しない?」
「いいよ」
日比谷公園に行こう、と提案し人込みを抜けて帝国ホテルと映画館の間の道を歩いた。日比谷公園前の信号に来る頃には、すっかり人通りがまばらになり肌寒い夜に公園を散歩している人はほとんどいない。
噴水の前をあるきながら、まだ紅葉していないイチョウの木を見上げた。もう少し経てば、まっ黄色に色づいて綺麗なんだろうなと思う。
相変わらず隣で腕を組んでいる知夏を横目にみやり、どうしたのだろうと少しかがんで彼女の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「え、なにが?」
キョトンとした顔で知夏が答えた。
「さっきからずっと腕組んでるじゃん。やっぱり寒い?」
「そうじゃなくて、ここら辺って優太の会社の人が良くいるんだな、と思って。」
彼女の言わんとしていることがつかめず、黙って見つめる。知夏は小さく息をつくとまくしたてるように言った。
「だって、さっきの会社の人、私をみて、あれ、って顔していたじゃない。それって優太が彼女さんとは違う女といることに、疑問を持ったってことじゃない?もしかして、さっきの人、優太の彼女さんと知り合い?彼女さんに知られたら、面白く思わないんじゃないかな。」
「確かにあいつは彼女と仕事上でやり取りしているけど、俺らが飲んでいたこと言ったりはしないよ」
「そう。ならいいんだけど…」
やや納得していなさそうな顔で、知夏は頷いた。それに、と俺は言った。
「…俺、もう彼女とはダメかもしれない」
「えっ、どうして…?」
知夏は組んでいた腕を解くと俺を見上げてくる。
「喧嘩したの?」
「いや」
「なにかいやな事でもあった?」
心配そうに見上げてくる知夏の質問に俺は答えられなかった。
ここで俺の本心を言えばスッキリするだろう。だが、もうゆずを彼女として見ることができなくなったとはいえ、ゆずは大切な友人の一人だった。辛さのあまり、ゆずのことを悪く言ってしまいそうで、それが嫌だった。
「…ハグしていい?」
そう言った俺に、知夏は左右を見渡した。噴水の反対側に男女のカップルがベンチに腰かけているが、こちらを注視している様子はない。
知夏は両手を広げて俺を受け止めてくれた。久しぶりに彼女を抱きしめ、彼女の頭に顔を埋める。いつもの香りが鼻孔をくすぐった。しばらく無言で知夏を抱きしめていると、少しづつざわついた心が大人しくなっていくのを感じる。
そっと体を離し、彼女の頬に手を添えて顔を近づける。しかし、知夏は俺の唇に手をあてると顔を背けた。




