第182話 優太_いつもの香り
「なに飲む?」
メニュー表を知夏に見せながら聞くと頭を寄せてくる。いつも彼女がつけてる香水の香りがふわっと鼻孔に触れた。俺は不審に思われない程度に、その香りをゆっくりとかぐ。
「とりあえずレモンサワー。何か食べたいものある?」
ゆっくりフードメニューをめくりながら、サラダとキノコのアヒージョにバケット、マルゲリータを選び、ドリンクと一緒に注文した。
「この前はせっかく予約してくれたのに、キャンセルしちゃってごめんなさい。」
申し訳なさそうに知夏が頭を下げる。
「気にしないで。それよりも体調大丈夫?」
「全然大丈夫。ただの物貰いになっただけなの。」
知夏は自身の瞼を指さしながら言った。
「あ、そうなんだ。入院とかしているのかと思って心配した。」
胸をなでおろしながら椅子の背もたれに寄り掛かる。
「ごめんね。連絡のしようがなくて。」
今こそ、連絡先を聞くチャンスじゃないか?俺は息を整え話を切り出そうとしたが、タイミング悪くドリンクが運ばれてきた。
お互い乾杯し、ビールを半分ほど飲む。一息つくと、知夏が荷物入れに置いていた紙袋を手に取って言った。
「実家に帰省した時のお土産なんだけど、ごめん、ちょっとバタバタしてて買うの忘れちゃった。そのかわり、この前のお詫びもかねて、これ。」
どうぞ、と差し出された紙袋を受け取る。
「気にしなくていいのに。」
言葉とは裏腹に喜びを隠せない笑顔で答えた。俺も鞄から旅行のお土産を取り出し知夏に渡す。
「ありがとう。開けていい?」
「どうぞ」
紙袋の封を切ると中から寄木細工のコースターを取り出して、知夏がしげしげと眺めた。
「すごい!綺麗」
「寄木細工のコースター。良かったら使って」
「ありがとう。2枚も入ってる!柄が違ってオシャレだね」
柄違いのコースターを見比べている彼女の笑顔にこちらも笑顔になる。知夏が旅行の話を聞きたがったので、俺は見てきたものや食べたものについて話した。
知夏は3番目の兄が結婚する話や、実家で会った姪っ子や甥っ子の話をし、注文した料理をほとんど食べ終え、お互いだいぶ酒が進んだ頃、突然、名前を呼ばれた。
「優太?」
ぎょっとして声がした方に目をやると、千早が女性と連れ立っている。
「え、なに?デート?」
ニヤニヤしながら、テーブルに近づいて俺の向かいに座っている知夏の顔をみると、おっと、という表情をした。どうやらゆずと飲みに来ていると思ったらしい。千早と目が合った知夏は愛想よく、「こんにちは。」とあいさつしている。
「会社の方?」
知夏が聞いてくるので俺は仕方なく、同期、とざっくりした紹介をした。千早は俺の適当な紹介を気にすることなく、どうも、と愛想笑いをした。
「そちらもデートですか?」
ニコニコしながら聞く知夏に、千早がまぁね、と答えた。
俺は千早の隣に立っている女性に目をやった。胸元がガッツリあいた服にスリットが入っているタイトスカートを履き、緩く巻かれた髪にはっきりした色の口紅を付けている。なんというか全体的に派手な女性だった。
「邪魔してごめんな。また」
千早は片手をあげると奥の席に向かった。
いやいや、え、なんでここでかち合う?
会社がある神田駅周辺には居酒屋がたくさんあるので、わざわざこっちまで来ることはあまりない。何のために場所をずらしたと思っているんだ。女性とのデートなら丸の内にでも行けよ。と俺は心の中で理不尽な文句を垂れた。
「あの女性、彼女さんかな。」
「さぁ、どうなんだろう」
千早の彼女の写真は昔見せてもらったことがあるが、あまり覚えていないので定かではない。
「ふぅん。同業者かと思った。」
「同業者?なんで?」
「なんとなく。匂いが同じに感じたから。」
俺は思わずスンスンと匂いを嗅ぐ。それをみて知夏が大爆笑した。
「物理的な匂いじゃないよ。雰囲気の話だよ。」
「あ、そういうことか。」
俺は恥ずかしくなって苦笑いした。そう言われると風俗嬢と言われてもなんとなく納得してしまう雰囲気があったかもしれない。
しかし、改めて知夏をみると、風俗嬢という雰囲気はあまり感じられない。どちらかといえば化粧は控えめだし、体のラインが出る服を着てはいるが、肌の露出は少ない。まぁ、そもそも風俗嬢らしい雰囲気、というものを理解しているわけではないが。
「知夏ってあまり肌が露出している服を着ないよね。」
「え?例えば?」
「短いスカートとか肩が出てるやつとか。」
「あー、さっきの女性みたいに胸元が見えすぎているようなやつ?そういうのが好きなの?」
ニヤニヤしながら知夏が言った。
「いや、そういうわけじゃないよ。」
むしろ人前で着ないで欲しい。なんなら、もっと体のラインが出ない服を着て欲しい。
「あんなに露出した服を着ていたら、脱がす楽しみが減るじゃん。ねぇ?」
オヤジすぎる目線に笑った。女性を見る目が完全にオッサンすぎる。だが、その気持ちは分からなくもない。俺は笑いながら頷いた。




