第179話 知夏_青い器が並ぶ場所
数千ものブースが並んでいるイベント会場は相変わらずの込み具合だった。大学生の頃から風俗嬢に転職するまで、絵麻や大学のサークルメンバーと共同で出店していたことを懐かしみながら、絵麻が出店しているブースを探した。
例年ながら様々なジャンルのブースが列をなしている。アクセサリー系が最も多いように見受けられるが、布や革の小物、ガラス作品、貴金属や木材で作られた小物、食玩、服、靴、鞄、スマホケース、ネイルチップに絵画など実に様々なハンドメイド作品が販売されており見ているだけで創作意欲が疼く。
私はゆっくりとブースを眺めながらフードコーナーに足を運び、クッキーとベイクドチーズケーキを買って再び絵麻がいるブースを目指した。
絵麻のブースは遠目からでもすぐにわかるくらい目立っていた。多種多様なハンドメイド作品が陳列されているため、多くの色彩がごちゃごちゃしている空間にぽっかりと青一色。それは思わず目が引き付けられ、自然と足を向かわせたくなる空間だった。
ちょうど接客を終えてお客様にお辞儀をしている絵麻に声をかける。
「おつかれ。今年はずいぶんと趣向を変えたね」
絵麻は嬉しそうに振り返った。つい2か月前に会った時はミルクティー色に赤色のインナーカラーを入れていたが、今はバッサリショートカットで、黒髪に毛先がほんのりと青い。お店のイメージに合わせているのか、真っ青なツナギを着ており、街中ではさぞかし目立つ格好だろうが、このイベントでは普通に見えてしまうから不思議なものだ。
私は先ほど購入した手土産を手渡しながら、似合ってるね、と新しい髪型をほめた。
「ありがとう。なんで今日は眼鏡なの?」
「ものもらいになった」
「なるほ~」
私は黒縁メガネを指で押し上げながら答えた。
「今日の知夏の格好、なんだか懐かしい。大学生の頃、よくそういう恰好していたよね」
絵麻が一歩引いて上から下へじっくりと目線を動かす。ザックリ編まれたニット帽にこげ茶のジャンパー、パッチワーク調のロングスカート。足元は歩きやすい黒のスニーカー。
「この端切れの継ぎ接ぎスカート懐かしい」
「パッチワークって言ってよ」
私は笑いながら言った。久しぶりに大学の時に来ていた服をクローゼットから出してきた。昔お気に入りだった服を着ているせいか、いつもより動きやすい。
「よかったら見ていって。今回のテーマカラーは青色だよ」
そう言って、作品を説明してくれた。ブースに設置されている棚に所狭しと並んでいる焼き物は全て青色で統一されており、釉薬で色付けされている食器と、素焼きに水彩絵の具を塗ったような質感の食器の2種類が販売されている。
絵麻が作る焼き物は釉薬による色付けがメインだったが、この素焼きのような風合いの食器は初めて見た。彫刻か何かで模様を削っているようで、地肌が白い線となって浮き出ている。
模様は細かく、エスニック彫のものもあれば、日本の伝統模様、絵本に出てくるような可愛らしい動物など多岐にわたっており、選ぶ楽しさがある。
「もしかして、これ全て手彫り?」
スープカップを手に取りながら絵麻に聞いた。
「そうだよ。」
当たり前じゃん、という顔をした絵麻に舌を巻いた。この量の作品を全て手彫り?いったいどれだけ時間がかかったことか。私は作品一つ一つに貼られている値段シールを確認した。手が込んでいる割にはリーズナブルすぎないか?
「すべて手作業なら、もう2~3割高くてもいいんじゃない?」
「まぁ、このイベントは趣味で出店してるからいいの」
特別価格、と言いながら絵麻は笑った。
少し絵麻が羨ましく思う。好きなことで生計を立てていく。簡単なことではないとは思うし、理想と現実とのギャップだってあるだろう。人生を費やしてでも没頭できるものがある、それはどんなに楽しく充実している時間なんだろうと羨ましくなる。
「知夏ちゃん、お久しぶり。」
クジラが描かれたコーヒーカップを手に取っていると、後ろから声をかけられた。ハッとして振り返ると絵麻の彼氏である陸さんが人の好い笑みを浮かべている。
「陸さん、お久しぶりです」
「絵麻から色々聞いたよ。終わってよかったね」
「はい、その節はお世話になりました」
「いやいや、俺は何もしてないから」
「いえ、お二人の家にお邪魔させてもらった時のお礼、まだしていないので今度、食事でもごちそうさせてください」
「そう?俺、そういうのは遠慮しないよ」
いたずらを思いついた子供のような表情を浮かべている。陸さんは私より2つ上の32歳だが、こういうところは子供っぽい。
ゆっくりと見ていってね、と陸さんは言い残し、新しく来たお客さんの接客をし始めた。
ひっきりなしにお客様が足を止めて、絵麻の作品を見て行く。じっくりと見ていく人もいれば、軽く流しながら見ている人もいる。何千とブースがある中で、これだけのお客様が足を止めることは凄いことだと思う。それだけ、絵麻のブースが魅力的であることを伺わせた。
せっかくだから私もなにか購入しようと思い、模様が彫られているコーヒーカップと、カレーをよそうのにちょうど良さそうな食器を物色した。
私は先ほど手に取ったクジラ柄のコーヒーカップとお皿を手に取ると、絵麻に購入したい旨を伝えた。絵麻は特別に、と少し安くしてくれたので追加で小皿も買った。
私の前に2人ほど先客がおり、商品を手渡されるのを待っている。陸さんが丁寧に新聞紙で包んでくれるのを眺めていると、すぐ左隣で女性の楽しそうな声が聞こえた。
「優太、見て!すごい可愛いよ」
さっきまで私が物色していた、絵柄が彫られている食器コーナーに男女のカップルがたっていた。私は優太、と呼ばれた男性の顔を伺いぎょっとして、慌てて顔をそむけた。毎週末、私を指名してくれている白川優太だ。
私はブースの端っこに置かれている食器を見るふりをして、少しだけ距離を取った。こっそり左隣にいる女性を伺う。横顔しか見えないが、美人だ。
背が高く足が長い。細身のジーパンに黒の革ジャケット。ショートカットが似合う小顔。ボーイッシュな雰囲気があってかっこいい。以前、写真で見せてもらったゆずさんだった。
「優太、こちら絵麻。私が通っている陶芸教室の先生で、高校の時、同じバレー部。絵麻、彼氏の優太」
ゆずさんがテキパキとお互いを紹介している。
「どうも!高校の同級生でーす。」
軽いノリで絵麻が挨拶をしている。まじか。私はドキドキしながらその場に立っていた。
「知夏ちゃん、お待たせ。」
新聞紙にくるんだ食器類を紙袋に入れて陸さんが手渡してくれる。私はお礼を言いうと、軽く頭を下げその場を後にした。
ゆずさんの様子を見る限り、あの2人は上手く行っているのだろうか。優太の本音を聞いただけにわからない。しかし、少なくとも優太を友人に紹介するということは、良好ではあるんだろう。
寂しさを感じつつも、彼の本来の目的に貢献できたのならよかった。そう思おうとした。




