↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
180/211

第178話 知夏_隠さないという選択

 午後に転職活動のWEB面接が終わると、どっと疲労感を感じた。今日はどちらも1次面接だった。

 10月に入って早くも3週間が過ぎた。書類選考は思ったより通過している。これが転職エージェント経由で履歴書を提出するメリットか、と感じていた。おそらく私のことをかなりいい感じに説明し、紹介してくれているのであろう。

 書類選考で落ちた時は多少はガッカリするが、大学の時に行った就職活動に比べると精神的ストレスはかなり少ない。

 あの頃は、社会へ出ていくためには内定争奪戦ともいえる戦いに勝ち抜かなければ人生終わる、といった強迫観念にも似た考えがあったが、今となっては、なんとかなるだろう、という楽観的な気持ちが大きい。そして転職エージェントの鈴木さんと松永さんが、熱心にバックアップしてくれることも、心強い。

 私の経歴書を作成するにあたり、鈴木さんも松永さんも最初は風俗業界に勤めている、と正直に言わなくてもいいのではないのか、と助言した。二人が言いたいことはよくわかる。正社員として勤めた会社を辞めて風俗業界に転職した経歴は、何かしらの問題を抱えているのでは、と不必要な誤解を与えやすい。

 しかし、風俗業界で働くことは恥ずかしいことではない。あのクソ野郎に騙されて借金をしてしまったことは、相手が悪いとはいえ少なからず私に付け入る隙があったことは事実だと思う。 

 だからこそ、私は自分の尻はキッチリ自分で拭いた、と言えるようにプロの風俗嬢としてプライドを持って仕事に打ち込んだ。これが私だ、と堂々と胸を張っていられるほど、自分に対して自負がある。

 そのことを正直に鈴木さんと松永さんに話し、二人とも私の意見を尊重してくれた。そして松永さんは私の年収を聞いてこう言った。

「本当はもっと稼いでいらっしゃるのではないですか?」

 わざと低めの年収を経歴書に書いているのがバレて、私は驚いた。なぜそう思うのか松永さんに聞くと、嬉しい答えが返ってきた。

「私はこの仕事をして25年程になりますが、そこそこ人を見る目はあるかと思います。風俗業界に明るくはありませんが、青樹さんほどのコミュニケーション能力がある方なら、もっと稼いでいてもおかしくないと思いました。」

 私は微笑みながら本当の年収を明かした。わざと低めに年収を書いている理由を伝えると、松永さんはなるほど、と笑って納得してくれた。

 書類選考に応募し、面接が始まった今、正直に経歴を書いて良かったと思っている。書類選考で落ちた会社の中には、風俗業界で働いている人間は当社にはふさわしくない、とハッキリ言ってくる会社もあった。

 不合格通知なんて、厳選なる審査の結果、残念ながらご期待に沿えることができず、的なことを書けばいいのに、わざわざ、風俗嬢の仕事を全面的に否定するような内容を大変丁寧な物言いで書いてくる。さすがにこれには大爆笑した。

 この文面を書いたのが男か女かは知らないが、もし男だったらこう言ってやりたい。てめぇも性産業の世話にはなってんだろうがよ!

 しかし、自分の経歴を隠すことなくハッキリ伝えることで、このような会社を早い段階でふるいから落とすことができる。

 就職活動は、お互いが選び合う立場で進めるものだ。会社の顔と言っても過言ではない人事が、あからさまに仕事の貴賤を露骨に示してくるなんて、そんな会社はこちらか願い下げだ。ブッラクな匂いしかしない。

 書類選考が始まるのと同時に、面接対策として鈴木さんと松永さんからけっこうな量の宿題が出された。自分の長所短所も含めた自己紹介、前職、現職の退職理由、将来のビジョン、志望動機、そして、なぜ風俗業界に転職したのか、諸々全て文章で書き起こし、お二人からそれぞれ添削してもらった。

 転職軸を明確にすることで、どんな質問もそれに沿って答えれば齟齬が生じない、という説明に得心したが私はこれに苦戦した。

 文章を書くことは苦手ではないが、将来のビジョンと言われても困る。私は退屈でもいいから平凡な日常を送りたい。仕事を通して○○のような人間に成長したいです!などと熱量があるわけでもない。

 贅沢ができなくてもよい、生きていくのに困らないだけの収入と、自分のプライベートがしっかりと確保される仕事であれば、強いこだわりはない。

 とはいえ、これを馬鹿正直に面接で伝えるわけにもいかず、鈴木さんと松永さんのアドバイスに従って、将来的に結婚して子供が生まれたとしても継続して働き続けられる仕事をしていきたい、継続して勤務することで自分のスキルを磨きたい、という内容を転職軸にすることにした。

 前職でも風俗の仕事でも、私はお客様と話すことが好きだとわかったので、応募する求人内容はほとんどが営業職。営業経験があるので、面接官のウケはいいが、一番困った質問はこれだ。

「営業としてどのようなビジョンをお持ちですか。」

 私は部下を持ちマネジメントすることに、正直言ってミジンコほどの興味もない。新卒で入社したIT商材の会社では5年務めていたので、新人の指導係は経験しているが、人に物を教えるのは苦手意識がある。そ

 して役職を目指したい、という熱意は全くない。むしろ一生、平社員でいい。しかし物は言いようで、松永さんが例文として挙げてくれた文章をそのまま使わせてもらっている。

「私は現場で働くことが好きなので、できる限りお客様と直接かかわれる立場にいたいです。しかし、自分が得た経験を還元できる機会がありましたら、後進育成のために力を尽くしたいと思います。」

 丸暗記した言葉をさも本音のようにスラスラと伝えた。前半は本音だが、後半は建前だ。もちろん、勤めた会社で後輩の育成をやれと言われれば、もちろんできる限りの努力はするが、あくまでもできる限り、だ。建前と本音の使い分けは風俗嬢の仕事を通して、ずいぶんと慣れたものである。

 鈴木さんと松永さんのおかげで、面接も思ったよりスムーズに進んだ。面接に落ちた場合は、何が原因で落ちたのか先方の人事にしっかりとヒアリングを行い、私にフィードバックをしてくれることもありがたい。

 私は二人の転職エージェントとそれぞれ二人三脚をしながら、細かく軌道修正しつつ転職活動に励んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。