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第176話 知夏_私にはない魅力

「なんか、目、腫れてない?お客様に何かされた!?」

 キャストの仕事を終えて閉店時間前に事務所に戻ってくると、ちょうど入り口で出くわした真田店長が顔を覗き込んでくる。それを耳ざとく聞きつけた藤本店長がすっ飛んできた。

「え!お客様に何かされた?さっきの野郎?クレーム入れようか!?」

「いやいや、なにもされてないです。たぶんものもらいだと思います。」

 手鏡をポーチから取り出して、瞼を改めて確認する。右目瞼が若干腫れぼったい。

「もし、明日の朝になっても腫れが引かなかったら病院に行ってきます。」

 明日はちょうど午後一から面接が2件入っているので、仕事を休みにしている。午前中に病院に行ってこよう。

 自席に戻ると、新しく入ったスタッフの澄香さんに挨拶をした。私が年内に辞めるのを見越して、藤本店長が新しくキャストからスタッフ候補として引っ張ってきた女性だ。事務スタッフ専門の求人を出しているが、中々応募が来ないらしい。

 澄香さん、キャスト年齢48歳、実年齢57歳。還暦に手が届く年齢だが、現役の風俗嬢だ。澄香さんは月に1回出勤するかしないかのレアキャラであるが、ホームページに出勤予定日をアップすれば、常連客からの電話が殺到する。

 そしてリクエスト予約件数が断トツでトップのキャストである。新規の客が入り込む余地もないほど、熱狂的な常連客がついており、貸切予約の件数も断トツで多い。

 給与支払いが振込のキャストなので普段は事務所に来ない。私はずっと澄香さんが気になっていた。

 私が目標にしている愛花さんと同じように常連客だけで回しているキャスト。澄香さんは愛花さんと違って写メ日記を更新しない。どんな人柄か、ホームページ上からでは伺い知れない。

 しかし、澄香さんを指名するお客様の多くが、ホテルには直行しない。

 美術館に行き、食事をし、公園を散策し解散する場合もあれば、箱根や鎌倉など近場で日帰り旅行する場合もある。ホテルに行かないお客様の多さは、渋谷店に在籍しているキャストの中でこれまた断トツであり、澄香さんのサービス提供は性的行為が伴う風俗業、というよりはレンタル彼女に近いものを感じる。

 体を売らなくてもこれだけの常連客を捕まえている、一体どんな秘訣があるのか私はずっと気になっており、店長に澄香さんはどんな方か聞いたことがある。しかし、店長は「いいところのお嬢さん」としか答えてくれず、ますます気になっていた。

 実際、事務所でスタッフとして初めてあいさつした時に店長が、いいところのお嬢さん、といった理由が分かった。

 お嬢さん、といえる年齢ではないが、たしかにお嬢さん、と言いたくなるような雰囲気がある。淑やかで上品で、和装が似合いそうな澄香さんが着ている洋服は、ブランドに疎い私でもお高いものであることが分かるくらい、質が良い装いをしている。

 絶対にスーパーの値引き商品とか買わないんだろうな、と言いたくなるくらい根っから育ちの良さが伺える。私とは異世界といっても過言ではないほど、異なる環境で育ってきたんだろう。

 同じ50代でも若々しい真田店長とはまた違った路線の魅力がある女性だ。なるほど。確かにこれは、連れて歩きたくなるタイプだ。俺が連れている女性はこんなにも素敵なんだぞ、と自慢したくなる。

 澄香さんのお客様が比較的高齢である理由に納得した。私を指名してくれるお客様は30~50代がメインのため、高齢の方への接客経験は乏しいが、年齢が高くなればなるほど肉体的なコミュニケーションよりも、会話を重要視する方が増える。おそらく性的な満足度より心の満足度の優先順位が上がるのであろう。

 澄香さんが笑えば私もつられてほほ笑む。大和撫子と言われる女性はこんな感じなのかしら。もし、私が男性だったら澄香さんのような女性を抱くのはもったいないというか、恐れ多いと思うかもしれない。

 こんな雰囲気をもつ女性がなぜ風俗嬢をやっているのか、大いに興味があったが尋ねるのは憚れた。同じ女性としてあまりの上品さに気後れしてしまう。

「莉奈さん、今、よろしいでしょうか。」

 澄香さんが遠慮がちに声をかけてくる。澄香さん、雰囲気もいいんだけど声もいいんだよな。年齢を感じさせない若い声。

「はい、なんでしょう。」

「前もお伺いしたんですが、この操作方法をもう一度教えて頂けますか?」

 私と澄香さんは親子ほどの年齢の差がある。でも、澄香さんはとにかく腰が低い。私みたいな若輩者にそんなに丁寧に接しなくていいんですよ、と言いたくなるくらい。

 澄香さんは決して物覚えが良い方ではない。同じことを何度も聞いてくる。しかし、嫌な気持ちにならない。澄香さんは熱心にメモを取り、慣れない手つきでマウスを操作し、ワープロを一本指で打つ。

 仕事が早いとは言えないが、丁寧にやろうと一生懸命な姿勢には好感がもてる。なにより達筆だ。領収書はすべて手書きのため、澄香さんが作った領収書は由緒あるお店の領収書に見える。

 澄香さんがキャストとして出勤するのは月に数えるほどだが、店舗スタッフとしては週2~3のペースで来てくれる。今はまだ研修期間として私が隣に座って教えているが、ある程度、澄香さんが一人でできるようになったら交代で仕事を回す予定だ。

 とりあえず机の上にたまっている領収書を整理し、売上げと差異が無いか計算を始めた。


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