第175話 優太_友達に話した夜
仕事を終えると、同期と連れ立って居酒屋に向かった。華金のせいか仕事終わりの会社員でかなり賑わっている。大和が予約してくれたおかげで直ぐに席に通されると、とりあえず人数分のビールとつまみを適当に頼んだ。
ビールで乾杯すると大和が営業事務のさきちゃんに別れ話を切り出したら、とんでもなくもめたという話をし始めた。いつもだったら面白可笑しく聞いていただろう。
しかし退社する前、会社のトイレで知夏がいる店のホームページをチェックしたが、知夏のページは何も更新されておらず、そのことが俺の心を重くした。
「で、どうしたの?」
大和の話が一区切りついたところで、目の前に座っている千早が新しい電子タバコをセットしながら俺に聞いてきた。俺はなんと言えばいいのかわからず、口をつぐむ。
「せっかく俺の失恋話しているのに、優太、全員聞いていないじゃん。」
プンプン、といった効果音が背景に見えそうな怒り方で大和が言った。俺は一口、ビールを飲むとつぶやいた。
「…俺、他に好きな人できた」
「え、誰?誰?」
すかさず大和が食いつく。俺は言い淀んだ。なんて言われるか想像がついたからだ。
「…もしかして、通ってる風俗嬢の子?」
カンの良い千早が指摘した。俺は小さく頷く。途端に俺たちの席だけ店内の喧騒から取り残されたように静寂が訪れた。
「あー、人妻店の?」
思い出したように大和が言った。事情を知らない圭介が、人妻?と怪訝そうな顔で首を傾げている。千早が簡単に、優太が通っている風俗が人妻専門店、と圭介に説明した。
「それって、本物の人妻?だったらさすがにダメなんじゃない?」
圭介が心配そうな顔で聞いてきた。
「本当かどうかはまだわからない。というか、予約していたんだけど、体調不良でキャンセルされた」
言葉にして余計に落ち込む。そんな俺を見て大和が当たり前のことのように言った。
「次の出勤日、店に確認すればいいじゃん」
「確認したけど、決まってないって」
「その子の連絡先は?」
「知らない」
途端に千早と大和が、えぇ~、とため息をついた。
「連絡先くらい聞きなよ。」
「いや、聞いたけど教えてくれなかった」
「そこは引き下がらずに粘ってみたらいいんじゃない」
「あんまりしつこいと嫌われない?」
優太は真面目だなー、と言う大和がひらめいたように言った。
「あ、もしかして昨日の仕事のミスってそれが原因?」
「まぁ」
「ガチじゃん…」
絶句した大和に代わって千早が言った。
「牧原さんとは別れるの?」
「…ゆずとは友達に戻りたいと思ってる」
「その話は?」
「まだしてない。というか、とても言えない」
俺は頭を抱えた。ゆずの俺への態度の変化を思うと、とても言えなかった。俺のために変わろうとしているゆずの努力が、一緒にいった旅行での出来事が頭の中で蘇る。
ゆずの俺への想いは痛いほど伝わってくる。しかし、それに応え続けることがもう辛い。店から予約のキャンセルの連絡が来たことがきっかけで、俺は自分の本心を認めざるをえなかった。
「先ずは本当に人妻かどうか、確認したら?ガチの人妻だったらさすがに諦めた方が良いよ。浮気だったら何も言わないけど、不倫は相手の旦那から訴えられたら不利だよ」
肘をついて手の甲に顔を乗せていると千早の声が降ってきた。同調するように圭介が言う。
「まぁ、浮気と不倫じゃ法的に全然違うもんね」
「次、出勤日した時に聞いてみなよ。連絡先もさ、もう一度、聞いてみたら?。」
俺は黙って頷いた。そもそも、いつ出勤日するのか現時点でわからないのが、たまらなくしんどいのだ。
「まぁ、俺もお気に入りの子がなかなか出勤しなかったときは、ヤキモキしたよ。でも、こればっかりは待つしかないよね」
大和の言葉に頭では理解を示す。わかってはいるが、気持ちがどうしたって追いつかない。しかし、話を聞いてもらったおかげで少しだけ気持ちの整理ができた。
「ごめん、話聞いてもらって。ありがとう。」
俺が謝ると3人とも勢いよく俺のグラスと乾杯して、ビールを飲み干した。




