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第174話 優太_営業部長の背中

 翌日、15分前に取引先の近くに到着し部長の到着を待っていると、部長はきっちり10分前にやってきた。

「体調はどうだ。しっかり寝たか」

「はい、すみませんでした」

 俺は頭を下げ、財布から手土産の領収書を渡した。部長はそれを受け取って確認するとため息をついた。

「白川、せっかく3000円渡したんだから2,000円以内に収めて、おつりで何かうまいもん食って来いよ」

「いや、さすがにそんなこと思いつかないですよ」

「俺は昔、よくやっていたぞ」

 そんな図々しさはさすがに持ち合わせていない。領収書を持ってきて律儀な奴だな、と部長は笑った。

 約束の時間の5分前に受付カウンターに行き、内線で来訪した旨を告げる。すぐに会議室に通され、担当者の田沼さんが来ると俺は立って頭を下げた。

 長年、取引をさせて頂いているお得意様の田沼さんは初老の男性だ。部長が新人の頃に新規開拓で獲得し、それ以来30年以上もお取引頂いている。

「わざわざすいませんね。次から気を付けてくれればいいですよ」

 穏やかに笑いかけられ、内心ほっとしながら謝罪をし、手土産の羊羹を差し出した。田沼さんは分かりやすい笑顔でそれを受け取ると、私の大好物です、とお礼を言われてしまった。

「それにしても、おたくのあの商品は大人気ですね」

「はい、おかげさまで」

 俺は恐縮して頭を下げる。すかさず部長が他のお客様からのお問い合わせが最も多い商品です、とアピールし、追加注文はどうです?と営業をかけた。

「そうですね。売れ行きが良いのでもう少し発注数を増やしてもいいかな、と思っていたところなんですよ」

田沼さんは笑いながら答え、慇懃に部長が頭をさげた。

「今回は申し訳ございませんでした。お詫びに良かったら召し上がってください。当社の新商品です」

「そんなこと言って、私に買わせるつもりでしょ」

 いたずらっぽく笑いながら、田沼さんは部長が鞄から取り出した新商品を受け取った。

「形の悪い廃棄品を使用した野菜チップスです。」

 製造過程におけるこだわりや、フードロスに繋がる事など、説明する部長の言葉に耳を傾けながら田沼さんは袋を開けて試食した。

「硬すぎなくていいですね。これなら高齢者層も狙えるんじゃないでしょうか。」

 その評価に部長は満足気だ。

 結局、部長は謝罪に訪れたにもかかわらず既存商品の追加注文と、新発売される商品の見積書まで獲得した。さすが営業部長だ。謝罪の場で追加注文を取ってくるなどと、そもそも営業姿勢が全く違う。

 付き合いが30年以上もあるお得意様、ということもあるだろうが部長が得意先の担当者と良好な人間関係を築いているからこそ成せる技だと感じた。

 得意先を後にすると、営業部長から社に戻ったら見積書を作成して送るように指示を出された。

「今度は間違えるなよ」

「はい、ほんとうに申し訳ございませんでした」

 俺は再び頭を下げた。

「もう知っているかもしれないが、来年度には企画部への異動がほぼ決定しているんだから、しっかり営業の仕事をやりきってから異動してくれ」

 初耳だった。ゴールデンウイークのピザの販売会の結果を評価されて、企画部の部長から声をかけてもらっていたが、内示が出るまでは正直分からなかったのだ。

「正式に内示が出るまであんまり言いふらすなよ」

「わかりました」

 口元に自然と笑みが浮かんだ。憧れの企画部への異動ができる。嬉しい知らせだ。

「少し早いけど、昼飯食べていくか」

 そう言って部長はお勧めの定食屋に連れて行ってくれただけでなく、ランチをご馳走してくれた。食事を終えると、他の得意先に向かう部長と別れて会社に向かう。

 電車のドアの窓から景色を見ながらふと思った。もしかして部長は、俺を元気づけるために異動のことを教えてくれたのだろうか。真意は分からないが、そのおかげで俺の心は少しだけ持ち直した。

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