第168話 ゆず_幸せなはずの日
優太が温泉へ行きに部屋を出た後、部屋に静寂が訪れた。私は窓際の座り心地の良い椅子に腰かけながら、素晴らしい景色を堪能した。携帯のマナー音が聞こえ、そちらに目をやると充電器に差しっぱなしの優太の携帯が震えていた。
私は優太と一緒にいた女ではないか、と思い優太の携帯を手に取った。先日、小柄な女性と優太が手を繋いで、渋谷のロフトにいるところを目撃してしまったのだ。
あの日以来、優太を信じたいという気持ちと、やはり優太も今までの元カレと同じように私の元を去っていくのか、という恐怖で心が揺れ動く。
携帯の画面を確認すると、アプリの通知が来ているだけだった。束の間、私の中で葛藤が渦巻く。いけないことだ、と思いながらも私は優太の携帯の暗証番号をタップした。
昔、ふざけて聞いた時に教えてくれた暗証番号、0831、お野菜だよ、と笑いながら言っていた。それを変えていなければ携帯の中身を確認することができる。
緊張している手で暗証番号をタップすると、難なくロックが解除された。
私は念のため部屋のドアのカギを閉めると、先ずはラインのアプリを開いて、上から順に最近やり取りしている人との会話内容をチェックした。不審な点は見当たらない。次にメールボックスを開く。ほとんどがダイレクトメールだ。念のためゴミ箱も確認したがダイレクトメールばかり。
次にSNSアプリをいくつか開く。DMを確認したが、こちらもダイレクトメールばかり。浮気を疑って携帯を確認したものの、不審な点は特にない。しかし、優太が他の女と手を繋ぎながら歩いている姿を見てしまった以上、その不安はぬぐえない。
私は通話履歴を確認した。下へスクロールしていくとやけに非通知の着信が目立つ。迷惑電話か何かだろうか。私は不審に思い非通知の着信日を確認すると、7月から毎週土曜日か日曜日にかかってきている。
「……」
これは一体なんだろうか。毎週末に迷惑電話がかかってくることなんてあり得るのだろうか。
私は写真フォルダーを開くと、上へゆっくりスクロールしながら写真を確認した。ほとんどが食べ物の写真ばかりの中で、それはすぐに見つかった。優太と知らない女が顔を寄せ合うようにして写っている写真が。
インカメラで撮ったのだろうか。私は写真に写っている女の顔を拡大して、まじまじと観察した。知らない子だ。写真を撮った日付を確認すると9月30日。優太の誕生日だ。
そういうことか。彼がその日、有給を取ってのんびりすごすと言っていたが、この女と過ごすために有給を取ったのか。
過去に何度も経験した気持ちが蘇ってきた。全くもって自慢ではないが、私は異性から魅力的に見える容姿をしている。認めたくなくても、言い寄ってくる男性が後を絶たないのがその証拠だった。
そのおかげで、付き合った人数はそれなりに多いが、私が男性からの性的な期待に応えられないとわかるや否や、浮気されて別れる回数もそれなりに多い。私はそのたびに、あぁ、この人も私の体目当てだったのか、と落胆していたが、男はそういうもんだから仕方ないよ、と自分に言い聞かせていた。
しかし、優太は今までの男性と全く違った。私が性的な行為ができないと知っても一緒にいてくれる。私と適度な距離を保ちながら寄り添ってくれる。こんな男性は初めてだった。
優太が色々と我慢していることはわかっている。ふとした時のしぐさ、ふとしたときの表情に、理性と本能が葛藤しているんだろうな、と察することができる。しかし、いつだって彼は理性的だ。私はそれを愛情だと感じているし、私を彼女扱いしながらも、女として求めてこないことに安らぎを感じている。
本能のままに私を扱おうとしてきた男共となんて違い。こんな人と出会えたことに、ほんとうに感謝している。だから、優太が浮気していると知って怒りよりも、悲しみの気持ちしか湧きあがらなかい。裏切られて辛い。
もう一度、ツーショット写真を見る。優太が私に向けてきたような優しい笑顔で写っていることに、胸を刺されたような悲しみが走った。こんな笑顔を他の女に向けて欲しくない。私は写真に写っている女に憎しみのような感情を覚えた。
しかし、どうしても私は優太を失いたくない。やっとありのままの自分を受け止めてくれる人に出会えたのだ。手放すなんて考えられなかった。
部屋のドアがガチャとなって、私は文字通り飛び跳ねた。鍵をかけていてよかった。私は開いたアプリを閉じると、元においてあった場所に携帯を戻し、精一杯の普通の顔を装ってドアを開けた。
「おかえり」
「ありがと、携帯も部屋の鍵も持っていくの忘れてた。」
そう言いながら部屋に入ると、私の格好を見て、あれ、と言った。
「シャワー浴びなかったの?」
「あ、うん。友達とラインしてた」
私はとっさに嘘をついた。
「もうすぐ夕食の時間だけど、ご飯食べてからシャワーにする?」
「ううん、今、サッと浴びてくる。」
私はバスタオルと着替えを持って浴室に向かった。シャワーを浴びながら静かに泣いた。
どんなに努力しても、男性からの期待に女として応えることができない。私がアセクシャルでなかったら、こんなに辛い思いをすることは無かっただろうに、と自分の性質を呪った。




