第167話 優太_箱根の休日
ロマンスカーに乗れば新宿駅から箱根湯本駅まで約1時間半。こんなにも近いのに箱根に来たのは初めてだ。観光客で大変賑わっている駅前の商店街を眺めながら、ゆずの後についていく。
俺の誕生日プレゼントとして、旅行を計画してくれたゆずは朝から張り切っている。ロマンスカーに乗るために新宿駅で合流した時からテンションが高く、一級建築士の試験がやっと終わり、開放的な気分でやっと遊べる、と喜んでいた。
まずは駅前にあるガラスアートが体験できる工房に向かった。せっかくだから、記念になるようなものを作ろう、とゆずが発案し、探してくれた工房だ。ガラスを溶かす大きな釜戸があるような場所かと思いきや、意外にもビルの中にあった。
「こんにちは。牧原で予約してます。」
スタッフに声をかけているゆずの肩越しに室内を見渡すと、教室のようにテーブルと椅子が並んでおり、窓際には作品が飾られている。午前中のためか、先客は2人の子供を連れた家族だけだ。
席に通されるとスタッフの方から説明を受ける。今日は小皿を作るので、手のひらサイズのガラス板を選ぶところから始まった。透明、薄い青、濃い青など数種類あり、センスがない俺からしたら、いったい何を基準に選べばいいのやら。
向かいに座っているゆずは薄い青のガラス板を選び、俺はとりあえず無難に透明のガラス板を選ぶ。次にテーブルの上に置かれているケースの中から自由にガラスを選んで好きなだけ乗せれば良いそうだ。
ケースの中には金太郎飴のような形をしたものや、糸のように細いもの、おはじきのような形から、台形をしたものなど、とにかく様々な形をした様々な色合いのガラスがパンパンに入っていた。
あまりにも種類が多すぎるので、何から手を付ければいいのかわからず、とりあえず窓際に飾られている作品を参考にしようと思い席を立った。光を通した綺麗なガラスの小皿を見ながら、もしかして適当にガラスを並べてもそれっぽく見えるのでは?と思い自席につく。
ゆずを見れば夢中で金太郎飴の形をしたガラスを物色している。
「なに作ってるの?」
ピンセットを使って一つ一つの配置を決めているゆずに声をかけると、「花束」と返ってきた。なるほど、この小さな金太郎飴を並べて、糸のように細いパーツを使って表現するわけか。細かすぎて感心する。
俺にはそんな細かい芸当はとてもできないので、台形や四角いガラスなどを適当に並べ、俺なりに吟味した。配置が決まるとスタッフに渡し、後日郵送してくれるそうだ。
建物をでるとゆずが首を回しながら肩をもんだ。細かい作業をやりすぎたのだろう。
「凝り性だな」
「まぁね」
ゆずは満足げに笑い、お昼ご飯を食べに彼女が予約してくれた湯葉専門店に向かった。川が見える窓側の席で熱々の湯葉丼を食べ、店の近くで人だかりができているジェラート屋で、それぞれ2種類づつジェラートを頼んだ。
俺はブルーチーズ味とピスタチオ、ゆずはレモンチーズと季節のフルーツをカップに入れてもらい、お互い分け合った。個人的にブルーチーズのジェラートがすごく美味しくて気に入った。
箱根湯本駅に戻ると箱根登山鉄道にのり、彫刻の森へ向かう。まだ紅葉の季節ではないが、ちらほらと色づき始めた景色をゆずと向かい合って座りながら眺めた。車の運転をしなくて良い上に、ゆずが全部エスコートしてくれるので楽だ。
俺への誕生日プレゼントとして宿代と食事代はすべてゆずの奢り。先ほどランチで食べた湯葉丼なんか、俺がトイレに行っている間にお会計を済ませており、イケメンかよ!と思わず突っ込んでしまった。
「なに笑っているの?」
車窓に頬杖をつきながらゆずがこちらをみている。思わず思い出し笑いをしていたらしい。
「いや、さっきのランチのお会計、ゆずの支払いの仕方が男前過ぎたな、と思ってさ」
「イケメンだったでしょ」
「間違いない」
お互い微笑みながら他愛ない会話を繰り広げた。
最寄り駅から歩いてすぐのところにある彫刻の森美術館は予想以上に広大な敷地にあった。美術館と聞いてずっと上野にある美術館のようなものかと思っていたが、美術館というより公園だ。
芝生の上に点在している変わった彫刻品を真似してポーズを決めたり、笑い声をあげながら走り回り、久々に汗をかくほどはしゃいだ。山々に囲まれ、広々とした青空を眺めながら涼しい風が汗ばんだTシャツを膨らます。気持ちの良い場所だ。
屋内の展示物はザ・美術館といった感じでざっと流れるように見ながら回った。ふと、知夏の写メ日記を思い出した。彼女の写メ日記には、美術館に行ったことについてよく書かれている。彫刻にも興味があるのだろうか。そう思うと、少しだけじっくりと見る気になった。
ステンドグラスに囲まれた塔は見惚れるほど見事だった。螺旋階段をのぼりながらぐるっと見渡すと、時を忘れた。これはすごい!俺は携帯で写真と動画を撮りまくった。
ゆずも同じように写真をとりながらすごい、すごい、と連呼している。これを見るだけでも来る価値があると思う。
大満足しながら彫刻の森美術館を出ると再び箱根登山鉄道に乗って、今夜宿泊するホテルに向かった。駅から少し歩くと和風テイストのモダンな建物があり、今日泊まる場所だとゆずが教えてくれた。
木材のいい香りがするフロントでゆずがチェックインをしている間、ぶらぶらとロビーを歩いた。所々に花が飾られていおり、上品な雰囲気だ。
鍵を受け取ったゆずについていき、部屋に入ると井草のいい香りがする。10畳ほどの広さの和室に敷かれている畳は青々としていて、日本の旅館そのものだ。旅館らしく窓側に向かい合って置いてある椅子のところまで足を運び、大きな窓から山々と沈みかけている太陽が拝めた。
「すごく良いホテルだね!予約してくれてありがとう。」
振り返ってゆずに言うと、嬉しそうに、どういたしまして、と言った。
「夕飯までまだ時間あるから、先に温泉に入ってきたら?」
ゆずの提案に、いいね、と返すと荷物をおき充電が残りわずかになった携帯を充電コードにさした。浴衣とバスタオルなどを専用の籠に入れて準備を整えたが、ゆずは温泉にいく準備をする様子が無い。
「ゆずはいかないの?」
「あー、私はいいや」
「どうして?もしかして体調悪い?」
心配になりゆずに近寄る。彼女は少し言いにくそうに眉尻を下げた。
「生理なんだよね。だから部屋のシャワーだけにしとく」
「そっか。体調は大丈夫?」
「終わりかけだからもう大丈夫」
気にせずに行って、と言うゆずに申し訳なさを感じつつも、せっかくの誕生日プレゼントとして予約してくれた旅館を楽しまないともったいない。俺はいってきます、と言うと部屋をでた。




