第163話 知夏_最後まで、この家で
ちょうど縁側から遊び終えた甥っ子達がはしゃぎながらやってきた。イチ兄の奥さんが「先にお風呂に入っておいで」と声をかけ、父が3人の孫を連れて浴室に向かっていく。
子供たちと遊び終わったカズ兄は「疲れた!」と言いながら、他の兄たちの晩酌に加わるとビールを一気飲みした。私はそんな兄達の輪に加わり、缶チューハイのプルタブを開けると全員で乾杯した。
「一華ちゃんは?」
「向こうの部屋で勉強している」
カズ兄が襖の向こうを指さした。受験生は大変だ。
「なんか冷蔵庫に変なのついてたけど、あれって何?」
私はとりあえずイチ兄に聞いた。
「見守りセンサーだよ。」
イチ兄はハル兄に顎をしゃくりながら答えた。
「それね、俺のアイディア。冷蔵庫が開くたびに、スマホに通知がくるの。ばあちゃん、ヘルパーさんにも来てほしくないし、同居も嫌だっていうでしょ。実家は近いけど、ずっと見ていることもできないから、一定時間、冷蔵庫が開かなかったら、通知がくるんだよ。」
「えっ!すごいね」
ハル兄が得意げに答えた話に私は驚いた。そんなものが世の中にあるのか。
「ばあちゃん、朝の6時から7時の間に冷蔵庫開けているから、その通知がきたらとりあえず安心かな。たしか12時間以上、冷蔵が開かなかったら通知が来るんだっけ?」
ハル兄がイチ兄に確認し、イチ兄が頷く。
「とりあえずイチ兄と父さんのスマホに通知が来るから、それで毎日安否確認してもらってる。」
「へぇ、ばあちゃん、それ知っているの?」
「いや、知らないと思うよ。多分嫌がるし」
「独居老人の見守りは、消防署でも自治体と連携してやっているところもあるよな。」
「あー、うちんところもやってるよ。」
ハル兄の質問にカズ兄が瓶ビールをコップに注ぎながら答えた。
「どんなことをやっているの?」
私は興味を持ってカズ兄に聞いた。
「じいちゃんばあちゃんの家回って、火災報知器の確認したり、火事を防ぐための指導をしたり、とか。俺はまだ担当したことないけど。」
「へぇ。」
「介護が必要な人が全員、施設に入れるわけじゃないから自宅で面倒みるってなったら、在宅用の見守りセンサーを取り入れる家庭は増えてきてるみたいだけど、消防署みたいに自治体と協力してやってるところもあるし、最近は警備会社や電機会社も見守りセンサーやってるよ。」
「へぇ!そうなんだ。でも、どうして施設に入れない人がいるの?」
「そりゃ色々あるよ。金銭的に厳しい場合もあれば、本人が嫌がる場合もあるし、近くの施設に空きがない場合もあるし。介護職の俺が言うのもなんだけど、住み慣れた家を離れて知らない人がばっかりいる施設で余生送るなら、さっさと死にたいね。だから、ばあちゃんが死ぬまでこの家にいたいっていうのもわかるよ。」
そのかわり親族が大変だけどね、とハル兄は言った。
考えたこともないことだった。私の母の祖父母も、父方の祖父も介護施設には入らず介護が必要になる前に自宅で亡くなっている。そのせいか介護施設というのは全くの別世界のように感じていた。
「まぁ、ばあちゃんは今でもトイレも風呂も自分でできるからまだいいけど、これが寝たきりになったら在宅で面倒みるのは大変だよ。」
ハル兄から介護について色々話を聞いているのだろう。ため息をつくイチ兄にハル兄が笑いながら言った。
「そうなったらうちの施設に入れよう。空き部屋あるから。」
「まぁ、ここからなら群馬も近いしな。」
二人の兄が当たり前のように受け入れて話している事実に、私は小さくない衝撃を受けた。こんなにもこの家にいることにこだわっている祖母が、もし施設に入ることになったら可哀そうすぎる。
せっかく孫やひ孫に囲まれて満足そうに過ごしているのに、臨終の間際には全く馴染みのない施設で人生の幕を閉じるのだ。介護には詳しくないが、きっとものすごく大変なんだろう。プロの介護職であるハル兄が楽ではない仕事、と言っていたくらいだ。素人からしたらとてつもなく重労働に違いない。
私はハル兄が話していた、見守りセンサーというものに興味を持った。もっと詳しく話を聞こうと思った時に、カズ兄が突然報告した。




