第161話 知夏_賑やかな食卓
イチ兄は一女三男を設けた子だくさんで、奥さんはイチ兄のお店を手伝っている。昔はあんなにほっそりしていたのに、今では恰幅のいいカアチャン、といった感じで心身ともにたくましい。
イチ兄が私の実家で両親と一緒に住んでいるおかげで、両親は孫の面倒を見るのに忙しく幸せそうだ。私は結婚も出産の予定も全くなく、親孝行ができてないのでイチ兄のおかげでちょっと気が楽なのだから、感謝しかない。
8歳上の次男のハル兄は群馬県で介護職の仕事をしており、念願の第一子が生まれ顔が緩みっぱなしだ。詳しい事情は知らないが、3年に及ぶ妊活でやっと授かれたらしい。ハル兄の奥さんは控えめな方で、あんまり打ち解けて話したことがない。
座椅子に座っている祖母の周りはひ孫たちでうるさいうらい大変賑やかだ。私は祖母に挨拶すると、荷物と甥っ子をおろし台所に向かった。
「お母さん、ただいま。」
台所で忙しく食事を作ってる母に声をかけ、いったん手を洗う。
「あぁ、お帰り。もうお昼だから準備を手伝って。」
私は頷いて仏壇に線香をあげると居間に戻った。ちょうどイチ兄の奥さんが大人数用のテーブルを出してくれてたので、私は甥っ子と姪っ子に片手を挙げて呼びかけた。
「これからお昼ご飯だから手伝ってくれる人~?」
甥っ子達が元気よくハーイと返事をしてくれる。私は手のひらを耳に当てて言った。
「働かざる者はー?」
「食うべからず!」
威勢のいい返事が返ってきた。どうやらイチ兄は私たち家族の教訓をしっかり躾けているようである。さすがにイチ兄の長女である一華ちゃんは中3なのでノっては来なかったが、小学生の男子共はどたどたと台所へ我先にと駆け込んだ。
母の指示に従って、食器棚から箸やコップ、取り皿などを出し甥っ子に渡していく。
イチ兄の奥さんと赤ちゃんをおぶさったハル兄の奥さんと母で、台所はいっぱいいっぱいだ。私と一華ちゃんでせっせとできた食事を居間に運び、食卓には13人分の秩父名物の豚丼とクルミダレの蕎麦、箸休めの野菜のお浸しが所狭しと並べられた。
全員でお行儀良く、「いただきます。」と言うと、賑やかな昼食が始まった。
90歳を超えた祖母は、介助されることなく自分で蕎麦も豚丼も食べている。隣に座っているハル兄がそれとなく様子を見守り、お茶を進めている様子は普段の仕事ぶりがうかがえた。さすが、介護職。
ハル兄の奥さんは離乳食を赤ちゃんに食べさせ、イチ兄の甥っ子達は食べることと同時に話している。いつも家で一人で食事を済ましているので、こんなに賑やかな食卓は久々だった。
「一華ちゃん、あんまり食欲ないの?」
隣に座っている姪っ子に声をかけた。先ほどからほとんどお茶とお浸しかつまんでいない。
「太っちゃうから…」
恥ずかしそうにうつむきながら答えた姪っ子をまじまじと見つめた。若い頃のイチ兄の奥さんにそっくりのほっそりした体系をしているのに、いったい何を気にしているのか。
「私のお父さんもお母さんもぽっちゃりしているでしょ?だから気をつけないとすぐに太る。」
思春期らしい悩みに私は微笑んだ。私も一華ちゃんくらいの頃は自分の体験に悩んだものである。
「食べないと逆に太りやすい体質になるよ。」
「ほんとに?」
「ご飯を食べないと脳が飢餓状態だ、って認識して体内の筋肉をエネルギーに変えて生命活動を維持するの。そうすると脂肪しか残らないから代謝が落ちて余計に太りやすい体質になるよ。」
純粋に驚きの表情を浮かべている。私はお客様から聞いたダイエットのうんちくを余すことなく、可愛い姪っ子に話した。
「知夏ちゃん、詳しいね!だからスタイルいいの?」
「そんなことないよ。ジムに通ってるだけ。」
私は笑って答えた。
「体重が気になるなら、食べる順番を変えればいいよ。先に野菜を食べてお米は後にするとか。」
「わかった。後で、ダイエットの筋トレとか教えて。」
「いいよ。」
それでもちまちまとしか食べない一華ちゃんに、母親であるイチ兄の奥さんがため息をつきながら言った。
「知夏ちゃん、もっと食べるように言ってやって。受験生なんだから食べないと体力つかないよ。」
「あ、もう受験なんですね。一華ちゃん、どこ受けるの?」
希望高を聞くと、かなり頭の良い高校を希望している。勉強できるんだな、と感心した。
「10代は代謝が良いから、バランスの良い食事と適度な運動と、ちゃんと睡眠をとれば大丈夫だよ。食べた方が受験にもいいよ。」
と、どの世代にも通用するアドバイスを言い、私は残りの豚丼を平らげた。
玄関の方で引き戸の扉があく音が聞こえると、ただいま!とよく通る声が聞こえた。
「カズちゃんだ!」
甥っ子たちが真っ先に反応し、席を離れる。居間にやってきた5歳年上のカズ兄は、趣味は筋トレと言うだけあって筋肉ムキムキの消防士だ。そして、甥っ子たちの遊び相手として非常に懐かれている。
「こら!あんたたち、ご飯食べてからにしなさい」
イチ兄の奥さんの言うことを聞かずに、甥っ子たちはやかましくカズ兄にまとわりついている。カズ兄は一人一人持ち上げてそれぞれの席に座らせると、イチ兄のお腹の肉を後ろからつまんだ。
「お!なんだ、イチ兄、また太った?このままだと養豚場に出荷されちゃうぞ!」
「ぶひぃ」
フゴフゴと鼻を鳴らしながらイチ兄が笑い、子供たちはその様子に大爆笑した。奥さんや子ども達の前で言ってしまうカズ兄のデリカシーの無さは相変わらずである。
カズ兄は祖母に挨拶すると、空いてる席にドカッと腰をおろした。私は仕方なく台所に行き、カズ兄の分の食器類を持ってくるとカズ兄の前に並べた。ついでに蕎麦と豚丼もよそってやる。
「うむ、妹よ。ご苦労」
慇懃に答えると、小学生の甥っ子に負けぬ食欲を発揮した。母が多めに用意した料理はあっという間に無くなり、お片付けをする組と、法事のために来て頂くお坊さんを迎えるべく家を掃除する組に分かれた。
女性陣は台所と居間の片付けに取り掛かり、男性陣は仏壇のある部屋と縁側、玄関を掃除していく。祖母は1歳になったひ孫を抱きかかえ、楽しそうにその様子を眺めていた。
90歳を超えても、庭にある畑仕事に精を出し、風呂もトイレも自分で済ます。介護職のハル兄からみたら凄いことらしい。
掃除が一通り終わると蠟燭に灯した火で線香をつけていく。末の甥っ子でさえ線香についた火を口で吹き消すのではなく、きちんと手をパタパタさせて消している。ちゃんと躾けられているな、と私は感心した。




