第159話 優太_恋人みたいな一日
「この後、どうしたい?」
ずるい。明らかにからかってきているのはわかるが、ずるすぎる。しかし、ここは我慢すべき。
「…駅まで送るよ」
知夏の腰に腕を回しながら答えた。
「えらいっ」
彼 女は犬を撫でまわすかのように、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。パーマが乱れる。
「…やっぱり、ちょっとだけ買い物に付き合って。」
俺は彼女の首元に顔を埋めながら言った。
「いいよ。」
彼女は優しい声で応じてくれた。
駅方面に向かう途中で揚げたてドーナツを買い食いし、ルミネとマルイで鞄を見て回った。知夏は途中で目に入った雑貨に入り、食器や小物類を見ては、これはパスタを入れるのに良さそうだの、これを部屋に置いてる人はおしゃれすぎだの、絶えず個人の感想を言い続けていた。
それは楽しいひと時だった。欲しいものをなんとなく探しながら、一緒に商業施設を回る。彼女は俺の手を引きながら、いつの間にか彼女が気になるお店を回っていた。こういうところはゆずに似ているんだよな、と思う。
今思えば知夏とはほぼ毎週末会っている。ゆずとは頻繁にラインや電話でやり取りしているが、直接会う頻度は知夏の方が圧倒的に多い。1級建築士の資格取得を目指して本格的に勉強するようになったゆずとは、月に1~2回しか会えていない。
このまま帰るのも惜しく、なんとなく沈んだ心が足取りを重くした。そんな俺の様子に気づいたのか、知夏が繋いでいる手を揺らしながら聞いてきた。
「お腹すいている?」
俺はその質問に微笑んだ。感が良いというか、気遣いができるというか優しいというか、その気持ちが嬉しかった。
「わりと。知夏は?」
「ラーメンが食べれるほどには」
「めっちゃお腹すいてるじゃん」
俺は笑いながら何が食べたいか聞いた。知夏はパスタかピザかラーメンかお好み焼き、と答えた。どうやら小麦粉が食べたいらしい。俺はどれでもいいよ、と答えた。
「じゃあ、ラーメンにしよ。北千住って美味しいラーメン屋が多いイメージ」
オススメのお店に連れてって、という知夏に行ったことのあるラーメン屋が脳裏に浮かぶ。
「魚介と鶏白湯ならどっちがいい?」
「鶏白湯!」
了承して嬉しそうに繋いだ手を揺らしている知夏を連れて、俺は駅近くの鶏白湯ラーメン屋に連れて行った。まだ夕方なので客はまばらだ。
食券機で2人分の鶏白湯ラーメンを買うと、カウンターへ座った。いい匂い、と言いながら知夏はカウンター越しに厨房内を覗いている。
できあがったラーメンを受け取ると、お互いしばらく無言で味わう。濃厚で少しとろみのついたスープがよく麺と絡み合って、いつ食べに来ても旨い。横目で知夏をみると夢中で食べていた。気に入ってもらえたようで何よりだ。
あっという間に平らげ、俺は追加でミニチャーシュー丼を注文し、物欲しそうに見てくる知夏に苦笑しながら少し分けてあげた。スープを飲み干してしまったので流石に少し胃もたれを感じ、お腹を抱えて店をでる。
同じく苦しそうにお腹を抱えた知夏も店からでてくると。お互い満腹で幸せなため息をついた。
「すごく美味しかったぁ!」
知夏は満足げにお腹をさすっている。ニット越しに胃が膨らんでいるのがわかる。ごちそうさまでした、とお礼を言ってくる知夏に、どういたしましてと答えながら手を握る。
一緒に千代田線に向かいながら、流石にこれ以上引き留めるのはさすがに気が引けるよな、と思いつつも、もう少しだけという気持ちがどうしても抑えられない。千代田線への出入り口の階段を降りようとする知夏の手を思わず引いた。
「どうしたの?」
驚いたように見上げてくる目を見つめながら、俺はなんといえば良いのか躊躇った。しばらく俺が話し出すのを待っている様子だったが、知夏は笑いながら「こらこら、時間外労働。」と、冗談めかして言ってくる。俺は「だよね。」と諦め、改札口まで送った。
「旅行楽しんできて。」
「うん。お土産なにがいい?」
「なんでもいいよ。私、来週末に法事で帰省するからなにかお土産買ってこようか?」
といっても大したもんないけど、と知夏は笑った。
「実家、埼玉だっけ?何が有名なの?」
「椎茸かなぁ。あとは苺とか」
「それって、あまりんの苺?あ、実家って秩父?」
「え、よく知ってるね?なんでわかったの?」
「食品会社勤めだから。」
少し得意げになって答えた。実家がバレたわ、とさして困った風もなく知夏は言った。
「じゃあ、しばらく会えないね」
「そうだね。来週は私が予定あるし、再来週は優太が予定有るし」
「はぁ。3週間後の週末空いてる?」
つぎ合えるまでが遠すぎる。俺は人目もはばからず知夏を抱きしめた。
「空いてるよ」
「予約する」
「ありがとう」
「また。実家でゆっくりしてきて」
俺はそういって彼女を見送った。来週末、知夏が実家に帰省するということは、他の客の予約を受け付けないということだ。土日はリクエスト予約だけ受け付けている、と言っていたがおそらく俺以外に指名する人はいるだろう。
姿が見えなくなるまで立ちすくみながら、どこかホッとした気持ちと、でも絶対に自分のものになることのない辛さを嚙みしめた。




