第158話 優太_心の距離が近づく日
「旅行、どこ行くの?」
テーブルの上に置いたチョコレートに手を伸ばしながら、知夏が聞いた。
「箱根」
「いいね!見どころたくさんあるよね。」
「箱根に行ったことある?」
「あるよ。昔、家族旅行で行ったよ。」
「へぇ。知夏の家族ってどんな感じなの?」
そういえば聞いたことなかったな、と思い興味が湧いた。
「普通に仲いいよ。お兄ちゃんが3人いて、両親は共働き。」
「え、四兄弟?の、末っ子?」
「そうそう。うち、少子化に貢献しているでしょ。」
ニヤッと笑いながら知夏が言った。
4人兄弟の末っ子と聞いて、なぜか得心した。年上なのにどこか年下のように感じるのは、もしかしたら末っ子気質があるのかもしれない。
「男兄弟の妹だと可愛がられそうだね。」
「そうだよ。私、箱入り娘なんだから。」
冗談めかして彼女が笑った。知夏は掛布団越しに俺に寄り掛かってくる。俺は紅茶をテーブルの上に置いて、彼女の腰に手を回した。
楽しそうに家族の話をする知夏の横顔を見ながら、仲の良い家庭で育ったんだろうな、と思う。知夏の家族は全員専門職だ。父親が高校の教師、母親が看護師、長男がパティシエ、次男が介護職、三男が消防士。どの職業も身近にはいないから、話を聞いていて新鮮だった。
そして出身が埼玉のド田舎の方ということも教えてくれた。具体的な地名は教えてくれなかったが、山と川しかないけど、椎茸と苺が有名だと教えてくれた。俺は秩父あたりかな、と予測した。あそこには椎茸の農家があるし、賞を受賞した苺を栽培している農家もある。仕事で何度も足を運んだエリアだ。
俺は自分の家族の話をした。出身は新潟の田んぼしかない絵に描いたような田舎で父は電気整備士、母はスーパーでパート。2つ下の弟は変わり者で父の知り合いのコメ農家を手伝いながら秋田で米農家をやっている。
土地だけは余っている場所だから、実家の敷地は東京都に立っている一軒家とは比べ物にならないほど広く、家族で食べる用に小さな畑をやっている事。小さい頃から畑で収穫した野菜を食べる生活をしていたから、食材を扱う仕事に興味があって今の会社に就職していることなど。
俺はゆずにも話したことがないような幼少期の話をした。川で釣ったザリガニを育てたらロブスターになる、と親父に冗談で言われたことを本気で信じて育てていたこと、お風呂場に水を張って捕まえたガマガエルやオタマジャクシを飼おうとし、それを見つけたお袋が驚いてひっくり返ってしまったことなど、知夏は大爆笑しながらその話を聞いていた。
「ザリガニって脱皮しながら大きくなるんだけど、いつも2回脱皮すると死んじゃってさ。親父にどうしても上手く育たないって言ったら、だからロブスターは高くて高級なんだぞ。って言われて納得してたよ。」
お腹を抱えながら隣で笑い転げている知夏に目をやる。笑いすぎて目に涙がたまっている。
「ザリガニ、私も育ててたけど1~2回脱皮すると死んじゃうよね。確かにロブスターレベルの大きさに育てるのは難しいわ」
あー、お腹痛い、と笑い続けている知夏から、空になったティーカップを取るとテーブルの上に置いた。リビングに置いてある時計を見ればもう15時だ。俺は寂しい気持ちになりながら、「時間、大丈夫?」と聞いた。
知夏はハッとしたように先ほど俺が確認した時計で時刻を見ると、「え!ほんとだ。時間気にさせちゃってごめん。」と言いながら慌てて携帯を鞄から取り出し、お店に連絡を打っている。
知夏の携帯を横から覗くと、『解散しました。清算は週明けにお願いします。』と送っているのが見える。俺が覗き込んでいるのに気づいた知夏は笑いながら、えっちと言った。
俺は知夏に覆いかぶさると思いっきりわき腹をくすぐり始めた。先ほどの大爆笑を上回る大声で笑い声をあげている知夏をくすぐり続けながら、ギブ!まいった!と言っている彼女と笑い合った。
笑いながら息を整えてる知夏が、ふと、思いついたように意地悪な笑みを浮かべながら俺の首に腕をかけてもたれかかってきた。




