第152話 知夏_泣いてもいい場所
「優太も辛いと思う。私はノンセクシュアルの気持ちはわからないし、ネットで調べた知識しかないけど、ノンセクシュアルの彼女さんもきっと辛い思いをしてきたんじゃないかなって思う。どっちが悪いから辛い思いをするって話じゃないと思う」
優太の頭をなでながら私は続けた。
「でも心の折り合いがつかない時って、しんどくて辛いよね」
声を上げて泣いている優太の頭を黙って抱きしめ続けた。私にしがみつくように抱きしめている彼の腕の力が、苦しいほど強い。
しばらくして落ち着いた優太が体を離した時には、私の胸元は彼の涙ですっかり濡れていた。ごめん、と呟く彼の顔は泣いた後特有の腫れぼったい目をしていて、少しだけスッキリしているように見えた。
箱ティッシュを渡すと優太は俺は思いっきり鼻をかみ、ふぅ、と息をついた。
「お水持ってくるね」
私はそう言うとキッチンに向かい、戸棚からコップを出して水を注いだ。リビングに戻り優太に渡すと半分ほど飲んで、やっと一息ついたようだ。
「ごめん、ありがとう」
決まり悪そうに俯く彼の手を握って私は答えた。
「謝らないで。話してくれてありがとう」
その言葉に優太は少しだけ微笑むと、「スッキリした」と言った。
お互い微笑み合いながら見つめ合っている時に、来訪を知らせるベルが鳴った。時計を見ればちょうど20時。時間通りだ。
立ち上がろうとする優太を押しとどめて玄関に向かう。ドアを開けると、街中でよく見かけるボックス型のリュックを背負った男性が、注文した品を手に携えていた。
お礼を伝え品物を受け取ると、玄関のドアを再び占める。様子を見に玄関まで来ていた優太に気づいて「向こうで待ってて」と背中をグイグイ押した。
手早くローテーブルの上を片付け、今さっき受け取ったばかりのビニール袋から箱を取り出す。蓋を開けてニッコリ笑いながら優太に向かって差し出した。
「じゃーん!誕生日おめでとう!」
箱の中には色とりどりのケーキが5つも並んでいる。それを覗き込んで驚いた顔をしている優太に私は得意げに言った。
「やっぱ誕生日にはケーキ食べないとね!」
「こんなにたくさん…!食べきれないよ」
ありがとう、と言いながら彼は笑った。
「食べきれなかったら、明日食べて。そしたら明日も誕生日の気分が味わえるよ」
そう理屈をこねる私に、優太は再び目に涙を浮かべながら私を抱きしめた。
結局2人で5つのケーキを平らげ、あまりの苦しさに私はお腹を手で押さえた。そして、あっという間に21時になり貸し切りの時間が終わった。
「駅まで送るよ」
帰り支度を整えた私を抱きしめながら優太が言った。
「ありがとう」
「このあと事務所戻るの?」
「ううん、今日は事務所戻らないで真っ直ぐ家に帰るよ」
優太がカード決済をしてれたので事務所で行う清算は後日でも構わない。明後日に出勤するので、その時にまとめて清算をして欲しい旨はすでに藤本店長に連絡済みだ。
「あの、よかったら、遅れたけど俺からの誕生日プレゼント」
そう言いながら優太はソファーの下から紙袋を取り出した。驚きながらそれを受け取り中身を見る。
「実用的なものが良いかな、と思ってトレーニングウェアとプロテイン。ソイとホエイがミックスされているから腹持ちがいいよ」
「嬉しい!ありがとう。袋開けてもいい?」
彼が頷くのを見て、私はラッピングを外した。黒の上下にワンポイントだけ刺繍がされているシンプルなウェアだ。
「汗かいた時、目立たない方が良いかなと思って黒にした」
「ありがとう。汗が目立つのが嫌だから、いつも紺や黒のやつばかり着てるよ」
そして私は紙袋の中に入っているプロテインを見て、思わず大声で笑ってしまった。
「このシリーズ、私も飲んでる!美味しいよね」
「まじ?表参道で買ってる?」
「買ってる」
お互い笑いながら、もしかしたらお店ですれ違っていたかもしれないね、と言い合った。
「今日はほんとうにありがとう」
「いえいえ、こちらこそ誕生日を一緒に過ごさせてくれてありがとう」
あっという間に終わってしまって惜しい。そう思いながら彼を見上げると、小さく目が揺れている。
「…もし良かったら、1杯だけ飲みに行かない?」
迷いながら言う彼に私は一瞬迷った。しかし、私ももう少し一緒にいたい。
「ふふ、しょうがないなぁ。ここからは時間外労働です」
私はキメ顔でとある漫画のキャラクターのモノマネをした。それを見た優太はとある漫画のタイトルを口にすると、私はニヤリと笑ってピンポーンと答えた。




