第139話 優太_夢を見る場所
「でも、なんで風俗で働いてるの?」
「奨学金の返済を先に終わらせたいんだってさ」
「へぇ、なんで?」
「さぁ。そこまでは聞いてないけど」
「ってか、その子って本当に人妻?」
間に割って入って大和が聞いてきた。思わず、え、と声がこぼれる。
「俺も人妻専門店、何度か行ったことあるけど大体が独身だったよ?」
「え、そうなの?」
「うん、最初みんな結婚しているっていうけど、本当に?って聞くと、そういう体って教えてくれたよ。本当に人妻だった人は、バツイチとか旦那さんが働けなくなってとか、結構シビアな理由だったな。気になるなら聞いてみたら?」
本当かどうかはわからないけどね、と大和は付け足した。それは思いもよらない考えだった。莉奈さんはもしかしたら人妻ではないかもしれない。それは期待をしたくなるような希望だ。
「ちなみにそのお店っていくらすんの?」
大和の質問に指で数字を示すと二人は飲んでいた酒を噴出した。
「え、高くね」
「それホテル代別?」
「うん」
「で、毎週通ってんの?」
「…うん」
感心したようなへぇ~、という空気に若干居心地の悪さを感じる。
「その子ってそんなに具合が良いの?どこのお店の子?俺にも教えてよ」
冗談ともとれぬ大和の発言に俺は半ば本気で睨みつけた。
「おっふ」
亀のように首をすくめる大和に千早が「今のは冗談が通じなかったな」と笑った。俺は深いため息を吐き、ここんところ思うようになった本音を言った。
「最近、その子が他のお客も相手にしているかと思うとしんどい」
「重症だな」
「沼ってるね」
憐れむような、それでいて面白がっているような目線を投げてくる。大和が「あのね」と言い聞かせるように言った。
「風俗は夢を見る場所なの。夢を見させてくれるのが女の子のお仕事なの。なんで夢を見させてくれるかって言うと、その分こっちがお金を払っているからなの。俺なんかどんなに通ってお金を払ってもこれは一時の夢だ、ってわかってて遊んでるんもんね」
「お前、それ自分で言ってて虚しくなんねぇの」
苦笑しながら千早が言った。俺は子どもっぽいとわかりながらも、わかってるよ、とつぶやいた。
「優太はもう牧原さんのことを好きじゃないの」
千早が少しだけ寂しそうな表情を見せる。俺がずっとゆずに片思いをしている時も、晴れて付き合うことになった時も、一番話を聞いてくれて、ことあるごとに背中を押してくれたのが千早だった。
「…そんなことないよ。別にゆずのことが嫌いになったから、とかそういうんじゃないよ」
少し申し訳ないような気持になって答える。うんうん、と大げさに首を縦に振りながら大和が同調した。
「わかるよ、別に彼女が嫌いになったから他の女の子に興味が湧くわけじゃないよね。彼女じゃ物足りないものがあるから、それを埋めて欲しくて他の女の子に走るだけだもんね。俺、めっちゃわかるわ。」
全くもってその通りなのだが、この浮気者の女好きと同類にされるのもなんか癪だ。
「まぁ、お財布に無理のないように遊ぶ分ならいいんじゃない。だけど、あくまでも商売として向こうはやってるだろうから、あんまりのめり込むとしんどい目をみるのは優太だと思うよ。ホストにはまった女の子が風俗で働く、みたいなことになったらさすがに止めるけど。」
「さすがにそこまでじゃないよ」
…たぶん、と心の中で付け加えた。
「しかし、なんで優太も大和もそんなにお金あるの?」
千早の疑問に俺は「貯金」と答え、大和は「遺産」と答えた。
「え、遺産!?」
テレビドラマでしか聞いたことがないワードに俺も大和も声をそろえて驚いた。
「じいちゃんの遺産のおかげ」
ニシシシと漫画のキャラクターのように大和は笑っている。
「じいちゃん、不動産をいくつももってて死ぬ直前に処分したんだけど、その時のお金が俺にも振り込まれた」
「いいとこのボンボンかよ」
「おかげで俺は小金持ち」
愉快そうに日本酒をチビチビ飲んでいる。あきれたように千早が言った。
「それで女の子と遊びまくってるわけだ。一体何人の子を掛け持ちしているの?」
「素人の子は2人だよ。風俗は行きつけが何カ所かあるだけ」
「ちなみに?」
「アパレルのゆみちゃんと、営業事務のさきちゃんと、ガルバのあやちゃんと、ソープのすみかちゃんと…」
思い出すように指折り数えている。いやはや、純粋にオスとしてはすごいと思う。
「遺産をそんなことに使って…。じいさん泣くぞ」
「そんなことないよ。じいさんの遺言に沿ってお金使っているだけだよ」
心外だな、と言わんばかりの表情をしているが、こちらこそ大和の発言に心外だな、である。
「若いうちにいろんな女と遊んで、結婚する時には変な女に引っかからないように見る目を養っとけって。で、結婚するなら男を尻に敷くくらい強い女を選べるようになれ、ってじいちゃんが生きてるときにさんざん言われた。だから俺、30歳になったら真面目に結婚相手探すよ。」
あと1年しか遊べないから、期間限定だよ。さみしー!と本気かどうかわからないテンションで言っている。
「じいちゃんも相当な女好きだったみたいだから、愛人がいたし。その愛人との間に子供もいて、なんなら孫もいるし。この前の葬儀で初めて知ったわ。じいちゃんは自分の遺産を愛人にもその子供と孫にも残したいって言ってたみたいけど、親父は納得いってなかったね。でも、ばあちゃんは愛人もその子供も認知していたみたいだから、じいちゃんの遺言通りに分配したみたい。」
とんでもない家庭事情をベラベラ話す大和に俺も千早も一瞬言葉を失った。
「まじか、ドラマみたいなだね」
ありきたりな感想しか出てこない。
「しかもそのじいちゃんと愛人との子供、親父と同い年。じいちゃんも良くやるよね」
「いや、それ、たしかにじいさんすごいけど、それを認知していたばあさんがすごくないか」
千早の言葉に俺も頷いた。
「じいさんもばあさんも田舎の古い人間だし、昔はそういうもんだったんじゃないの」
それくらい懐が深いばあさんだったから、そんなじいさんに添い遂げられた論だろうな、と顔も見たこともない大和の祖母に思いを寄せる。
「まぁ、でも、やっぱ結婚するなら一途な女の子がいいよね。だから俺、会社の子には手を出してない」
「え、なんで?」
「だって会社の子に手を出したら、俺が女にだらしない男ってバレちゃうじゃん」
「いや、もうバレバレだと思うぞ」
失笑しながら、手遅れだな、と千早が言った。大和はぶつくさ言いながら「今のうちしか遊べないからいいもんね」と唇をとがらせ、それにさ、と続けた。
「ラーメンってさ、色んな種類があるじゃん?今日は塩ラーメン食べたくても、明日は豚骨ラーメン食べたいってなるじゃん。夏になれば冷やし中華食べたくなるし、たまにはつけ麺を食べたい。どれが1番お気に入りって聞かれたら、まぁ答えられるけど、どれも捨てがたいし、いくらお気に入りだからって毎日は食べれないじゃん。俺、女の子との付き合いもそうだと思うんだよね」
…コイツ、絶対に一途な女の子とは結婚できない。
「女の子をラーメンに例えたら可哀想だよ。せめてケーキとかデザートとかにしないと」
「いや、千早、そういう話しじゃない」
珍しく俺が千早に突っ込みをいれた。どうやら千早もだいぶ酔いが回っているようだ。




