第135話 知夏_上野の美術館は今日も賑わっている
上野駅の公園改札口は多くの人で賑わっている。そして改札前のロータリーには待ち合わせをしている人があちらこちらに立っていた。
私は日傘をしっかりさしながら、左前にある東京文化会館の中に避難した。あまりの日差しと気温の高さから逃れるとホッと息をついて、入口近くに立つ。
5分もしないうちに絵麻からの着信が鳴り東京文化会館の中にいることを告げると、ガラス扉の向こうから絵麻が手を振りながらやって来るのが見えた。
東京文化会館を出るとお互い日傘をさしながら、西洋美術館を横目に見ながら進み、イベントをやっている広場を通り過ぎる。入園待ちの列が連なっている上野動物園を見ながら、この暑い中よく並ぶもんだと関心し、それも通り過ぎて東京都美術館に向かった。
何度見ても謎に巨大な銀色の球体に映る自分たちを指さしながら通り過ぎると、エスカレーターに乗って地下へ向かう。東京都美術館は無料で見れる展示をよくやっているため、定期的に訪れるがいつ来てもひんやりしていて、うるさすぎないざわめきが空間を満たしており居心地が良い。
受付でチケットをそれぞれ買うと会場へ向かう。しかし、けっこな人だかりが出入口にいることに気づいて足を止めかけた。
「えっ、めっちゃ並んでいるじゃん。」
「わ、ほんとだ。まぁ、今日が最終日だし、しょうがないね」
私たちは列の最後尾に並んで順番を待った。
西洋絵画史をテーマにした展示会では時代ごとに絵画が紹介され、美術史にやたらと詳しい絵麻から講義並みの説明を聞き、ゆっくりと見て回った。
私は美術史に詳しくもないし、絵を見て解説をすることもできないが、布や陶磁器など題材となっているものの質感が繊細に表現されている絵を見るのは好きだった。
貧しそうな女性が頭から被っている布が使い古されてクタクタになっている質感や、貴族の女性が身にまとっている光沢のある布の質感など、じっくり舐めるように観察した。布を贅沢に使っている緑色のドレスを身にまとい、ゆったりと椅子に腰かけている女性の絵画を気が済むまで眺めた。
ドレスの布の質感、胸元のリボンの質感、背景に描かれている垂れ幕の質感、どれも布で構成されているのに質感の違いを描き分けていてすごいと思う。写実的に書き出そうとする集中力とそれを表現することができる技術力に感服した。
気が付けば絵麻はずっと先に進んでおり、私は最後に全体をゆっくりと眺めるとその場を後にした。
私も絵麻も自分のペースで鑑賞するのが好きなので、合流したり離れたりを繰り返しながら回っていく。かなりじっくり見て回ったので、時計を見ればすっかりお昼過ぎになっていた。
お土産コーナーで気に入った絵が印刷されたポストカードを買おうか悩んだが、印刷物ではなく本物を見るから楽しいんだよね、と思い結局何も買わずに美術館を後にした。
薄暗い室内にいたので、日差しの暑さに目を細める。すかさず絵麻がサングラスをかけた。
「お昼なに食べる?」
「暑いし、サッパリしたものがいいな。ラーメン以外」
「範囲が広い」
私のラーメン以外の要望に応えて、すぐに絵麻は候補を出してくれた。とりあえず、飲食店が多い方に向かおう、ということで上野公園を抜けて飲食店が立ち並ぶエリアにつくと、目についた中華屋に入った。息が苦しくなるくらい蒸し暑い外から、ガンガンに冷房が効いた室内にはいると一気に汗が引いた。
「私、冷やし中華そば」
メニュー表をろくに見ずに絵麻が言った。私はせっかく外食するなら家で作れない、もしくは作るのがめんどくさそうなものを注文しようとメニューを眺めた。
「すみません」
片手をあげてスタッフを呼び止めると、冷やし中華そばと小籠包の定食を頼んだ。
「さっぱりしたものを食べたかったんじゃないんかーい」
絵麻がのけぞるように背もたれにもたれかかりながら言った。
「いや~、そうなんだけど、冷やし中華は家で作れるし。小籠包は作ろうとしたらめんどいじゃん?」
「まぁ、その気持ちはわかる」
笑いながら言うと、絵麻は水が入ったグラスを掲げた。
夏が終われば本格的に転職活動を始める予定だ。しばらく忙しくなるだろう。出来立ての小籠包を受け取っても尽きることない他愛もない話に、私は心の底からゆったりとした時間を過ごした。




