第133話 優太_特別な客になりたくて
「そう、わかった。ほんとうに無理していないのならいいんだけど」
どうやら納得してくれたようで、再びご飯を食べ始める。
「ほんとうに大丈夫。前にあんまりお金使わないって話したと思うんだけど、実は家賃がほとんどタダなんだ。」
「どうして?」
「今住んでいる家、親戚が所有しているアパートでさ。家を借りるかわりにその親戚が飼ってる犬の散歩をたまにやってる」
「へぇ!いいね。家賃がかからないのは羨ましいな」
「ほんと、ありがたいわ。就職してから今の家に引っ越す時に近いうちに取り壊して駐車場にするかもしれないけど、それまでなら住んでていいよってことで住まわせてもらってるんだ。もう住んで5年になるけどまだ駐車場になる話は具体的に進んでないみたいだから、もうちょっとは住めそう」
親戚には本当に感謝している。家を無料同然に住まわせてもらえてなければ、こうして莉奈さんと会うための資金はおそらくない。
「それに実家が自分達が食べる用に畑をやってるから、野菜がしょっちゅう送られてくるの。お米も弟が米農家で働いてるからかなり安く買えるし。そんなわけで、一人暮らしの割には生活費がそこまでかからないんだよ」
「なるほど。」
「納得してくれた?」
「ん、納得したしちょっとホッとした。会いに来てくれるのは嬉しいけど、無理して欲しくはないから」
その気づかいがとにかく嬉しい。自分の収入のために客から強引にお金を引っ張るようなことを一度だってしてこない。客からお金を巻き上げてなんぼ、のイメージがあった風俗業界のへの印象がだいぶ良いものになる。
「莉奈さんってほんと優しいよね。お店じゃなくってプライベートで知り合いたかった」
つい、本音が出た。
莉奈さんはどう思っているのだろうか。そう思っているのは俺だけなのだろうか。顔色を伺うも、何かを考えている様子に聞くのはためらわれる。
「それでどうして貸し切りしたいの?」
俺の発言をなかったかのようにスルーされてちょっと悲しい。
「その日、俺の誕生日で。有給とって一緒に過ごしたいなと思って。」
彼女は一瞬嬉しそうな表情を見せたが、すぐに微妙な感情が目に現れた。思っていることが手に取るように伝わってくる。 彼女と過ごさなくていいの?と。
「…彼女は仕事が忙しいから、別日に過ごす予定。だから仕事としてでも構わないから一緒に過ごしてほしい」
何かを言われる前に言いたくなるこの心理、きっと都合が悪いと口が回りがちなんだろう。
「なるほど。それで奮発して丸一日私をお買上げしちゃおうというわけだ」
意地悪そうにほくそ笑みながら頬杖をついている。
「いいよ。その日、一日予定を空けておく。お店に電話で連絡しといてくれたらいいよ」
あっさりした言い方に少しだけ不安を覚えた。俺、何かを機嫌を損ねるようなことした?
「ちなみに貸切で予約する人って他にもいる?」
「秘密」
頬杖をつきながら、クスッと音が聞こえそうな笑みを浮かべた。莉奈さんは手を俺の手に重なると親指で撫でながら聞いてくる。
「ちなみに何時にどこ行けばいいの?」
「まだちゃんと決めてないんだけど、日帰り旅行か俺の家でゆっくり過ごすかどうしようかなって」
「どこに住んでいるんだっけ?足立区って言ってたよね?」
「北千住駅が最寄だよ」
その瞬間、莉奈さんの手が驚いたように揺れた。
「え、…便利なところに住んでるね」
「そうなんだよね。家から会社まで電車で40分くらいで行けるから便利。莉奈さんはどのあたりに住んでるの?」
「上野あたり」
「え!結構近いね」
俺は嬉しくなって笑顔になる。莉奈さんも、近くてびっくりした、と言った。
「もし、家で過ごすことになったら当日は直接家に行った方が良い?」
「いや、駅まで迎えにいくよ」
「そしたら予約時間の30分前に待ち合わせするのはどう?家についてから予約時間スタートってことで」
「え、いいの?莉奈さんにとって30分、無駄にならない?」
「全然いいよ。誕生日だし、特別」
「やった!」
素直に喜ぶ俺を見て、莉奈さんが優しい顔で笑う。
「誕生日プレゼント、なに欲しい?」
「莉奈さんと過ごせることがもうプレゼントだからいらないよ」
本気でそう思った。莉奈さんは困ったような笑っているようななんとも絶妙な顔をし、それは、どうも、と小さく会釈した。




