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第123話 知夏_稼ぐ母、真田店長の哲学

「真田店長はどうしてこの業界に入ったんですか?」

「この業界に入る人なんて、ほとんどがお金が必要だからじゃない?」

「まぁ、そりゃあそうだとは思いますけど。」

「アハハ!莉奈さんって結構思ったことが顔に出るタイプだね。裏表なさそう。なるほどね。そういう素直なところが客からウケるんだろうね。」

 頬杖をつきながら目を細めるようにして笑う。裏表はあると思うんだけどな、と思いつつも誉め言葉として受け取っておく。

「まぁ、私は旦那とは離婚してるから。生活のためにお金が欲しかったし、最初は生活保護のお世話になっていたけど、やっぱり自分の力で育てたくて28歳でこの業界に入ったよ。元旦那と会う前は金持ちの愛人みたいなことをやってたから、そんなに抵抗はなかったし。スタイルはまぁいい方だと自分でもわかっているから、どうせ仕事やるなら一番高値がつくもんを売ってやろうと思って。」

 逞しいと思う。つくづく、子を持つ母は逞しい。渋谷店にもシングルマザーのキャストは多い。でも悲壮感漂うキャストは少ない。前向きに何かのために働いている姿はかっこいいと思う。

「すごいですね…。お子さんが小さいうちは大変だったんじゃないですか。」

「そりゃあね。小さい子供ってすぐ熱だすから、ずっと保育園に預けておくってわけにもいかないからね。でも、母が子供たちの面倒を見るために来てくれて、それで仕事に集中できたのよ。」

ほんとうに感謝している、そうつぶやいた真田店長は昔を懐かしむような顔をした。

「ご実家はどちらに?」

「愛媛。」

「え、遠いですね。お母様、愛媛から東京に通ってこられたんですか?」

「まさか、遠すぎで飛行機代が馬鹿にならないよ。」

 おかしそうにアハハと肩を揺らしている。真田店長はカウンター内にいるスタッフに日本酒を追加注文して、空になったビールジョッキを手渡すとねぎまの串焼きを食べながら教えてくれた。

「離婚して私が大変だろうからって、仕事辞めて愛媛から上京してきたのよ。いい年してすごいフッカルだよね。」

「それは凄いですね。」

「ある日、突然電話がかかってきてさ、仕事辞めたから明日、東京に行くから!って。それで本当に東京に来た。デッカイキャリケースを引きずって。」

 真田店長も逞しいけど、お母様も逞しすぎる。

「父は既に他界しているから、母にとっても子供たちの育児は生きがいだったみたい。ずっと小児科の看護師やってる人だから、子供が風邪ひいても安心して任せられたよ。」

 カウンター越しに日本酒とおちょこを2つ受け取ると、私にお酌をしてくれる。お銚子を受け取ると両手でお酌をし返した。

「お母様にはお仕事のことは何と伝えているんですか?」

「さすがに風俗嬢やってるとは言えないから、人材会社で働いてるってことにしてる。まぁ、男性の元に派遣されるわけだから、ある意味正解。」

 物は言いよう、と唇の端を持ち上げながら言う。確かに、間違った表現ではない。

「ちなみにね、莉奈さん。私の人生最大の誇りは息子3人を、奨学金をもらわずに大学を卒業させたことなの。」

 おちょこを傾けながら話す真田店長に、私は黙って頷いた。

「なんだ、そんなこと。って思われるかもしれないけど、私にとっては息子達を自立できるまで育て上げることが目標なの。それを、自分の稼ぎでできたことが誇らしい。だから、私は風俗店の店長をして正解だったな、って思う」

 真田店長の空いたおちょこに日本酒を注いだ。ちなみに、1番上は警察官、2番目は高校の体育教師、3番目は商社の営業マン。どう?中々立派でしょ、と真田店長は嬉しそうにほほ笑んだ。

「これは私個人の考えだからあくまでも参考程度に聞き流してほしいんだけど、お金と時間を天秤にかけた時に、お金を優先させたいならここの仕事はお勧め。性別関係なく努力すれば稼げるから。でも、自分の時間はほぼ取れないって思った方がいいね。何だかんだで休みが取りやすい環境ではないよ。自分の時間を優先させたいなら、止めといたほうがいいと思う。どのくらいの年収が自分には必要か、考えてから決めるのもいいんじゃない?」

 私は頷いた。職業か業界か、どちらを先に決めるべきか迷っていたが、時間かお金、どちらを優先すべきなのか考えたこともなかった。

「ちなみに店長達の年収っていくらくらいですか?」

「店舗によると思うな。売上に応じてインセンティブが入るから。まぁ、でも川崎店の売上げだと余裕でこれは超えるよ」

 真田店長は人差し指をピンと立てた。人口の数%しか得ていないと言われる年収を、体を売らずとも稼いでいる。確かに高収入だ。ということは渋谷店は川崎店より売上げが上だから、藤本さんはもっと稼いでいるってことか。

「ちなみに業務委託だから、いろいろ経費で落とせるよ。もちろん犯罪にならない範囲でね」

思いっきり含み笑いをしている。会社経営をしているお客様から確定申告の話はあれこれと聞いているので、言いたいことはなんとなくわかる。

「色々と教えて頂きありがとうございます。すごく参考になります」

「いいよいいよ。莉奈さんならどこでもやっていけるよ。頑張って」

 真田店長は笑いながらおちょこを掲げ、私たちは改めて乾杯をした。


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