第121話 知夏_こなつさんからの静かなエール
「ちなみに私の名前にも、夏、が入っているんですよ」
「私、前に来た時にお名前って伺ってましたか?」
「えぇ」
申し訳ないがまったく思い出せない。とりあえず多そうな名前を挙げてみる
「なつみさん?」
「ブー」
お姉さんはかわいらしく唇を尖らせて、指でばってんを作った。
「なつきさん?」
「ブー」
「なつねさん?」
「ブー」
「こなつさん?」
「ピンポーン」
よくできました、と指で丸を作ってニコッと笑った。
「本名ですか?」
「源氏名です」
「あ、ですよね」
水商売の女性が本名を教えることはそうそうない。当たり前のことを聞いてしまって恥ずかしい。
「知夏さんはどうしてこのお仕事に?」
「投資詐欺に遭って借金作っちゃったんで。でも、もう完済したので今年一杯で辞める予定です」
「それは…」
こなつさんは一瞬、驚きの表情を浮かべると優しい笑みを浮かべた。
「大変な経験でしたね。でも、その苦労は絶対役に立ちますよ」
「そう、ですかね」
「若い時に大変な思いをされている方は、その後の人生において幸福度が高いと思います」
「どうしてですか?」
「これは私のお客様の話を聞いた上での私の価値観ですが、若い頃に苦労をされた方は対応能力が高いと思います。それは問題解決能力だったり、強靭な精神力だったり、多面的な視野で物事をみれる能力であったり。なにか身に降りかかったとしても、その問題に振り回されずにしっかりと手綱を握ることができる印象です。いずれにしろ、ご自身にとって困難な出来事を乗り越えた経験は、その人の自尊心を高める役割を果たしてくれるんじゃないでしょうか。自分には価値がある、と自分を信じ切れることは、とても幸せなことだと思いますので。」
その言葉は私にとっては嬉しいエールだった。
「ただ、なにかしらの困難に対して、自分は悲劇の主人公だ、と自身の不幸に酔いしれるタイプの方はその限りではない、と思います。とにかく愚痴が多いですから。そして、私の嫌いなタイプです。」
これは悪口になってしまうので内緒ですよ、とこなつさんは囁いた。
「残念なことに記憶力が良すぎるので、そういった方の愚痴のお話をいつまでも覚えてしまうんです。」
まぁ、仕事ですからちゃんと相手はしますが、できればご遠慮願いたいんですよね、とこなつさんは笑いながら冗談めかして言った。思わぬ人間臭い一面に私は親近感を覚えた。
「どうして知夏さんがいつまでも素人っぽい雰囲気でいられるのか、なんとなくわかりました。」
素直に誉め言葉として受け取り、お互いグラスを重ねて小さく乾杯する。
「こなつさんはずっとこのお仕事をしていくんですか?」
「そうですね。できればずっと続けていきたいですが、若さが武器になる仕事ですから。やはり 現役でやれるのはどんなに頑張っても40歳までかなと思っています。」
「こなつさんの能力があれば独立もできるのでは?」
「それは買い被りすぎです。私は人を使ったりするのは苦手なんです。個人プレーが性に合っているんですよ。まぁ、その時になったら考えようかと思います。将来、どんな価値観になっているか、今の時点じゃわからないですしね」
その鷹揚な態度に、自分自身への信頼や自信が垣間見えて強い人だなと思った。自分ならなんとかできる、そういった得難い資質を持ち合わせていることに、この人も若いころに何かしら困難なことがあったのかしら、と思いを馳せた。




