第120話 知夏_1年半ぶりのクラブ
その後、会長と藤本店長の行きつけのクラブに足を運んだ。私が事務スタッフに入りたての頃、藤本店長たちと遊びに来たお店である。
席に着くと前についてくれた髪の毛がとぅるんとぅるんの女性が来た。あら、と言いながら、お久しぶりですね、と会釈してくれる。
「え!私のこと覚えているんですか?」
ここに来たのは1年半前くらいだ。一回しか来てないお客様を覚えているとしたら、記憶力がとんでもなく優れている。
「もちろん覚えています。随分と素人っぽいお方だな、と思ったので」
素直に喜べない。微妙な顔をしていると彼女は、褒めてますよ、と口元に手を当ててほほ笑んだ。細い指先に赤いマグネットネイルが良く似合う。手際よく水割りを作り、勧めてくれるので会釈して一口飲む。
「ふふ、すごいですね。1年半以上も風俗にいるのに、全くそんな感じがしないです。その普通っぽい感じがお客様ウケいいんでしょうね」
私は初めてここに来た時に、風俗嬢に見えないことが武器になる、と言ってくれたことを思い出した。あの時は何のことかわからなかったが、確かに私の普通っぽさ、風俗嬢には見えない雰囲気はお客様から評価を頂いている。
お客様からしたら普通っぽい女性と不倫を疑似体験できる、そのギャップにお金を払ってくれる人もいることを仕事を通して知った。
「店長はキャストの服装についてちゃんと指導してくれてますから、そのおかげかと」
「仮にシンプルな服装をしたところで、その人の雰囲気は隠しがたいと思います。例えばいかにもキャバ嬢といった方が無地のTシャツを着ていたとしても、なんとなく水商売かな、って予測しちゃいません?」
たしかに、と私は笑ってしまった。風俗嬢には見えないように振る舞うことを意識していたことは正解だったな、と改めて思う。
会長がシャンパンを開けてくれたので、全員で乾杯をした。
「お姉さんはこの業界長いんですか?」
「そうですね。8年目くらいですね」
「前は別の業界で?」
「えぇ、前は医療事務の仕事をしていました」
「意外ですね」
「よく言われます」
「どうしてこの仕事に?」
お姉さんはシャンパングラスを揺らしながら、少し思案したのち教えてくれた。
「最初はお小遣い稼ぎですね。給与が低かったので、もう少し遊ぶお金が欲しくて友人と一緒に面接しに行ったんです。」
シャンパンを一口飲むお姉さんにつられて、私も飲む。
「自分でも言うのもなんですが、私、記憶力はいい方なんです。特に人の顔を覚えるのが得意で。一度会って話した事のある人は、基本的に忘れません。その人の顔を見れば以前なにを話していたか、だいたい思い出せます。」
「すごいですね。ギフテッドというやつですか」
「そこまで凄いものではないです。目で見た映像を覚えるのは得意ですが、文字の羅列を覚えるのことはすごく苦手です」
医療事務時代は業務ルールを覚えるのが大変でした、とお姉さんは微笑んだ。
「なので、この仕事だと私の記憶力は武器になる、と気づいてから俄然やる気が出ました。1年程バイト働いてから、思い切ってホステスに転職したんです。」
「そうだったんですね」
自分の武器を生かして仕事ができる、それはとてもやりがいがあることなのだろう。
「知夏さんはどうしてそのお仕事に?」
本名を呼ばれて私は思わず噴き出した。
「え、私、本名言ってましたっけ?」
「えぇ、以前お越しいただいた際に、お名前を伺ったら本名を教えてくださいました。そういうところも素人っぽくていい方だな、と思ったので印象に残っているんです」
当時はこの業界に入って日が浅いとはいえ、素人感満載で恥ずかしい。




