第108話 優太_ゆずと過ごす北海道
北海道に上陸したのは生まれて初めてだ。8月最終週、過ごしやすい気候を期待して千歳空港の外に出たが意外にも東京と変わらない程の暑さだった。
「あっつー」
レンタカーの運転席に乗り込み、座席の位置を一番後ろに調整した。エンジンをかけると、すぐにゆずがエアコンをつけ、目的地をカーナビに入力する。
付き合ってから何度か旅行に行ったことはあるが、関東近郊しか行ったことがない。今回は二人で初めて飛行機に乗り、二泊三日の旅行だ。
ゆずはずいぶんくつろいだ様子で助手席に座っている。一級建築士の筆記試験が終わり、実技に向けて勉強をしていると言っていた。
筆記試験の結果は9月の頭に発表され、合格すれば10月に設計図を書く実技があるそうなので、筆記試験に受かったら次の試験まで勉強に専念したいそうだ。ゆずにとっては試験期間中の息抜きになるのだろう。この旅行をずいぶん楽しみにしているようだ。
目的地である定山渓への道案内が表示されると、音声案内に従って車を走らせる。定山渓まで1時間半ほどで行けるので、ちょうど昼時にはつきそうだ。北海道は車道の道幅が広いのだろうか。東京都と違ってずいぶん運転しやすく感じる。
助手席側の窓ガラスが空いて、気持ちの良い風が車内に吹き込んでくる。横目でちらりと伺うと気持ちよさそうにゆずが風に当たっていた。短い髪が風で揺れている。
「北海道、思ったより暑いけど風は気持ちいいね」
「そうだな。でも、帽子を持ってくればよかった。思ったより暑い」
「どっか途中で買おうよ。I♡北海道とか書いてそうなうやつ」
面白そうにクツクツと笑いながらゆずが言う。
「やだよ。観光中じゃないとかぶれなないじゃん」
「だからいいのよ」
ドアに頬杖を突きながら、楽しそうに目を細めた。
お昼頃に定山渓温泉につくと、事前に調べておいたジンギスカン屋に向かった。
北海道にある飲食店の駐車場は雄大な敷地にあるイメージだったが、思いのほかスペースが小ぶりで2回駐車をやり直してやっと車を止めることができた。
エンジンを切るとゆずが、運転ありがとう、と言い車から降りる。
「運転久々?」
「久々だよ。普段は電車だし」
「真剣な顔をしながらバック駐車している優太、面白かった」
豪快に笑い声を上げたゆずに、わざとパンチを繰り出す。それをおかしそうに避け店に入っていくゆずの後に続き、俺も入店した。
時代を感じる店内を見渡していると座敷席に通された。メニュー表を見てお互いマトン定食とラム定食を注文する。マトンが親羊でラムが子羊であることを初めて知った。テレビで見たことのあるドーム状の鉄板が運ばれ、野菜とお肉をいそいそとならべる。
「美味しい」
「うま!」
焼きあがった肉をそれぞれほおばりながら、しばらく食べることに集中した。お互い注文した肉を交換して、マトンもラムも両方味わった。肉汁を吸ってしんなりしたもやしが米に合う。
あっという間に平らげ一息つくと、ゆずがトイレに行っている間に会計を済ます。
「自分の分は自分で払うよ」
トイレから戻ってきたゆずが慌てて財布を鞄からだしたが、俺は手をふった。
「いいよ、別に高くないし」
「いや、ここまで運転してもらったし、ちゃんと折半しよ」
頑なに財布をしまおうとしないゆずに俺は折れることにした。現金をあまり使用しないゆずは、基本的にpaypayで支払いを行う。それに合わせてゆずが食べたランチ代を俺に送金した。
「今度は私が運転するね」
そう言って俺から車のキーを受け取ると、運転席に乗り込んだ。足長!と言いながら座席を調整している。俺は助手席の座席を一番後ろにずらし、できる限り足が延ばせるようにした。
温泉街を通り越し山道を登ると、ツリートレッキングやジップラインが体験できるアスレチック施設に到着する。広い駐車場にはパラパラと車が止まっている。
「楽勝!」
スムーズにバック駐車したゆずがどや顔で親指を立ててきた。
「いや、これはずるい」
これだけ広々していたら俺だってスムーズに駐車できる、はず。
車から降りると、心なしか少しひんやりとしているような気がする。




