第106話 知夏_嫌いじゃないよ、この時間
それからというもの優太さんから毎週末、指名を受けるようになった。
土曜日の10時から、3時間コース。彼とは会うたびに、どんどん気さくな関係になっていく。名前を呼び捨てでお互い呼ぶようになり、私は仕事中だということを忘れて楽しくおしゃべりをして一緒に寝た。
9時過ぎのマークシティは人通りがまばらだ。行きつけのパン屋に入るとたまごサンドとクロワッサンをトレーに乗せる。他にも美味しそうなパンがたくさんあるが、ついつい同じものを取ってしまう。ホットコーヒーを注文し、会計を済ませるとイートインの奥の席に座った。
私は読みかけの本を開くと、コーヒーをすすりながら続きを読んだ。普段は家で朝ごはんを済ませてから出勤するが、今読んでいる本が面白すぎて、わざわざ読書タイムを作ったのだ。
読み進めているとふと視線を感じて本から顔をあげると、イートインの入り口に優太が経っていた。私は手をふると向かいの席に置いている鞄をどけて手で示した。
「おはよう。早いね」
「教えてもらったお店で朝ごはんを食べようと思って。」
優太のトレーをテーブルに置くと、小ぶりのテーブルはパンでいっぱいになった。彼のトレーには大きなホットドック、バジルのピザ、メロンパンにクロワッサンが乗っている。
「朝からすごい食べるね?」
「なんせ体が大きいもんで」
彼はクロワッサンをかじりながら答えた。
「ここの卵サンド美味しいんだよ。一口いる?」
そう言って手を伸ばして卵サンドを優太に差し出す。なぜか彼は神妙な顔でそれを見つめると、残りのクロワッサンを口の中に放り込んで、卵サンドを手でちぎって私に返した。
「そのままかじっても気にしないよ?」
「いや、気にしてくれ」
あ、もしかして、あーん、みたいな風にとらえられたのだろうか。全くそんなつもりはなかったのだが、渡し方に気をつけよう。
私は返された卵サンドを口に運んだ。卵の甘みが強くて美味しい。優太も卵サンドを食べると、美味しい!と言ったので、私は得意顔で、でしょ、と答えた。
「そういえばネイル変えたんだね」
「え、よく気づいたね!すごい!」
ネイルが良く見えるように両手を伸ばした。今月のネイルは人差し指と薬指に向日葵の花を描いてもらい、他は黄色と茶色のニュアンスネイルだ。
「なんか不思議な柄だね」
「ニュアンスネイルだよ」
「ニュアンスってなに?」
「こういう色合いが混ざっているというか、ぼやかしているというか曖昧というか、つまりこういうネイルのこと」
「へぇ。この向日葵はシールはってるの?」
「これ、書いてもらった」
「え、手描き!?」
手描きには見えないほど繊細に描かれた向日葵を見て、優太が驚いた。通っているネイリストのお姉さんのセンスは抜群だ。私は上機嫌に鼻を鳴らした。
差し出していた手を引っこ抜こうとすると、優太はそのまま掴んで指を絡めてくる。私は何も言わず、微笑みながら手を握り返した。彼が親指で撫でてくるので、私も同じように撫で返す。 お互いクスクス笑いながら、残りのパンを口に運んだ。
「何考えているか当ててあげようか。待ち合わせ時間の前にこのお店に来たら、もっと早く私に会えるんじゃないか、でしょ」
私は最後の卵サンドを食べ終えると、ニヤリとしながら言った。すると優太は鼻の頭を指で掻きながら目線をずらし、パンを口に放り込む。
「あはは、図星の時の優太って鼻の頭をかくよね。癖でしょ、それ」
分かりやすい仕草に思わず笑った。図星なのか優太の耳が少し赤い。
「残念、私の営業時間は10時からでした」
そうは言いながらも、この時間は嫌いではなかった。




