第105話 優太_俺だけじゃない現実
二人でホテルから出ると容赦ない真夏の日差しが降り注ぎ、アスファルトからの照り返しもまぶしい。莉奈さんはすかさず日傘をさした。手をつなぎながら、本来の待ち合わせ場所だったスーパーの近くに到着すると俺は足を止めた。
「この後って事務所もどるの?」
「いや」
「お昼食べる感じ?」
「いや」
テンポよく否定する言い方に、俺は察した。
「…あ、予約入ってる?」
莉奈さんは俺を見上げて少しだけ肩をすくめる。もし、時間が大丈夫なら一緒にお昼ごはんでも、と思っていたのに残念。
「渋谷?」
「ん、…恵比寿」
「何時から?」
今度は困ったように見上げてきた。
「どうしたの、他のお客様のことが気になる?」
そんなの気になるに決まっている。でも、俺にとってはただ一人の莉奈さんであっても、莉奈さんにとって俺は数多くいる客の中の一人にしかすぎない。しかし、その本音をさらけ出すにはさすがに憚れる。
「ごめん」
「いいよ。私、山手線で移動するけど、優太はこの後どうする?途中まで一緒に移動する?」
恵比寿まで行って、この後莉奈さんがどんな客を相手にするのか、相手の顔を見たいような気もした。だが、多分それを見て俺は傷つくんだろうなと思う。
「…じゃあ、一緒に駅まで行こう」
申し訳なさそうな顔をしている彼女を見て、ごめん、と思う。そんな顔をさせるつもりはなかった。
交番前の横断歩道を渡りマークシティの中に入る直前で、莉奈さんは日傘を閉じて鞄にしまう。再び手をつないで歩くと、俺は気を取り直して来週に北海道旅行に行く話をした。
「お土産買ってくるよ。何がいい?」
「なんでもいいよ。北海道いいなぁ、何食べても美味しいよね」
「行ったことあるの?」
「大学の時に旅行で。1週間くらい行ってたよ」
「長いね」
「大学の頃付き合ってた人が、北海道出身だったからその人の実家に泊めてもらってた」
それは俺にとっては驚きの発言だった。俺だったら彼女の実家に1週間も泊まるなんて、気を使いすぎてご遠慮願いたい。しかし、彼氏の家族とそこまで仲良くなるくらい、仲が良かったんだろうな。…なんだかへこんできた。
「…仲良かったんだね。」
「そうね。むこうのお母さんが、その北海道の人と別れてた時に、何か困ったことがあったら遠慮なく連絡してねってわざわざ手紙くれてほんとうにいい人だった」
それはめちゃくちゃいい母親じゃないか。どうして元カレと別れることになったのか気になったが、山手線の改札口についてしまった。
「見送ってくれてありがとう。北海道のお土産楽しみにしているね」
笑顔で見上げる莉奈さんが繋いでいた手を離そうとするので、思わず強く握る。
「おぉーい」
莉奈さんは笑いながら両手でそっと俺の手を離した。
「北海道旅行楽しんできて。」
「ありがとう。来週の土日にまた予約入れるからその時にお土産持ってくよ」
それはお腹を空かせていかなければ、と莉奈さんはわざとイヒヒと笑った。
彼女の姿が見えなくなるまで見送り、どうしようもなく彼女は風俗嬢なんだよな、と思い知る。
ホテルで利用料金を彼女に手渡すときも思い知る。お店を通してお金を介在させなければ会えない存在であることは十分承知しているが、こんなにも心がざわつくものだとは知らなかった。




