第104話 優太_向日葵のネイルと朝ごはん
「おはよう。早いね」
本を鞄にしまいながら莉奈さんが言った。
「教えてもらったお店で朝ごはんを食べようと思って。」
俺のトレーをテーブルに置くと、小ぶりのテーブルはパンでいっぱいになった。莉奈さんのトレーには卵のサンドイッチと食べかけのロールパンが置かれている。
「朝からすごい食べるね?」
笑いながら俺のトレーの上にあるパンを見ている。
「なんせ体が大きいもんで」
俺はクロワッサンをかじりながら答えた。バターのいい香りが口の中に広がる。
「ここの卵サンド美味しいんだよ。一口いる?」
そう言って手を伸ばしてサンドイッチを俺によこしてくる。これは、あーん、みたいにかぶりついた方がいいのか?いやいや、流石に恥ずかしい。
俺は残りのクロワッサンを口に入れると卵サンドを受け取り、一口分を手でちぎって返した。あら、といった風に莉奈さんは目を丸くする。
「そのままかじっても気にしないよ?」
「いや、さすがに申し訳ないよ」
これ、他のお客にもやっているのかな。あんまりやらないで欲しいし、気にして欲しい。
俺が渡した卵サンドを食べているのをみながら、俺も卵サンドを食べる。卵の甘みが強くてうまい。ね、美味しいでしょ、と得意顔で言う彼女に俺は笑って頷いた。
「そういえばネイル変えたんだね」
「え、よく気づいたね!すごい!」
嬉しそうに両手を伸ばして俺にネイルが良く見えるように爪を見せてくる。莉奈さんの手をとり爪をよく見ると人差し指と薬指に向日葵の花が爪にかかれており、他は黄色と茶色のまだら模様っぽい、不思議な色合いをしている。
「ニュアンスネイルにしてもらったんだ」
「ニュアンスってなに?」
「こういう色合いが混ざっているというか、ぼやかしているというか曖昧というか、つまりこういうネイルのこと」
なるほど。はっきりしない感じのネイルのことね。俺はふぅん、と相槌を打つ。
「この向日葵はシールはってるの?」
「これ、書いてもらった」
「え、手描き!?」
水彩画で書かれたような色合いの向日葵は繊細で手描きには見えない。通っているネイリストのお姉さんがすごくセンスいいの、と上彼女は機嫌である。俺の手の中から手を引っこ抜こうとする莉奈さんの左手を右手でそっと掴んだ。そのまま指を絡める。
彼女は何も言わずニコニコしながら握られている手を、握り返してくる。手をつないだままテーブルの上に置くと、そっと親指で撫でると相手も同じように親指で撫で返してくる。お互いクスクス笑いながら、残りのパンを口に運んだ。
ベットインしている時も楽しいが、こういうささやかなスキンシップが何よりも心を満たしてくれる。
「さっき何の本を読んでいたの?」
俺が尋ねると莉奈さんはつないでない方の手で、バックから本を取り出すと
器用に表紙をめくってタイトルを見せてくれた。百田直樹。本を読まない俺でも名前は知っている。
「へぇ、どんな話?」
「とんでもなくブスな女が、整形しまくって美人になってから世の中の男性を見返す話。めちゃくちゃ面白いよ」
本を胸に抱いて物語の世界に浸っているような様子にほほ笑んだ。本当に本が好きなんだろうな。
「本好きなんだね。よくここ朝ごはん食べながらで読んでいるの?」
「まさか。基本は家で朝ごはん食べるよ。今日はたまたま」
本を鞄にしまいながら莉奈さんは、ふふ、と笑った。
「何考えているか当ててあげようか。待ち合わせ時間の前にここのお店に来たら、もっと早く私に会えるんじゃないか、でしょ」
恥ずかしながら図星である。鼻の頭を指で掻きながら目線をずらし、パンを口に放り込む。
「あはは、図星の時の優太って鼻の頭をかくよね。癖でしょ、それ」
言われて初めて気づいたが、確かにそうかもしれない。ちょっと恥ずかしい。
「残念、私の営業時間は10時からでした」
そうは言いながらも、今一緒にいてくれる気持ちが嬉しい。




