第102話 知夏_ここから先の話をしよう
絵麻が来るのを待ってると、遠目からでも直ぐに目につくくらい目立つ人物が手を振りながら近づいてきた。ミルクティー色のボブカットに、くすんだ赤色のインナーカラー。光沢のある黒パンツにシンプルな白Tシャツ、サングラスをかけて颯爽と現れた。
「お待たせ。暑いね!」
「いや、髪色派手だね?」
絵麻の挨拶をスルーして思わず突っ込む。
「きれいに色が入っているでしょ。なるべく維持するんだ。」
絵麻は自慢げにインナーカラーが良く見えるよう髪の毛を掻き上げた。
「いいなぁ。私もインナーカラーやってみたいな。」
私は暗めのオリーブベージュに染められた自分の毛先をつまんだ。
「やったらいいじゃない。髪型自由な職業でしょ」
「うちの店は清楚な人妻をウリにしてるの。派手な髪色してたらギャルママって思われちゃうもん。店長に怒られるわ」
「清楚な人妻とか。夢見すぎ」
あほくさ、と鼻で笑う絵麻に全くもってそう思うが、その夢見る男性たちのおかげで稼がせてもらっているので、永遠に夢を見続けていて欲しいものである。
笑い合いながら絵麻についていくと、彼女は私の誕生日プレゼントとしてとても素敵なお店を予約してくれていた。イルミネーションのように美しい新宿の夜景が見える窓際の席に通され、はしゃぎながら向かいに座る絵麻に言った。
「すごい素敵!」
「でしょ。」
謙遜することなくドヤ顔である。ウェルカムドリンクとしてシャンパンが注がれると、お互いグラスを傾け乾杯した。
「誕生日おめでとう。そして、借金返済おつかれさま」
「ありがとう」
微笑み合いながらシャンパンを飲むと、絵麻がグラスをテーブルの上に置いた。
「風俗嬢生活、どうだった?」
「まぁ、思ったより楽しかったかな。想像していたより辛いってことは無かったかも」
「ふぅん。どんなことが楽しかったの?」
「自分が工夫したことが分かりやすく結果に反映されて、収入に直結することが思ったより楽しかった」
なるほど、それで?と絵麻は言った。
「あとは色んな人から色んな話を聞けたことかな。会社員の時も社外の人と話す機会は多かったけど、お互い会社の看板を背負った状態だったからそんなに深い話はしないし。風俗嬢相手だと、普段人には言えないようなことも話してくれるな、って思った」
「どんな人が印象的だった?」
「いっぱいいるよ。女性から性被害を受けてそれを克服したいってお客様もきたし、バイで彼氏がいるけどたまには女の肌が恋しいっていうお客様もきたし、80歳のおじいちゃんが来たこともあれば、若い子が彼女を喜ばせたいから、色々教えて欲しいって人もいたし」
「話のネタが豊富すぎる。ちょっと、色々聞かせてよ」
ちょうどコース料理の前菜が運ばれてきたので、私たちは居住まいをただした。カットされた夏野菜やフルーツが美しく盛り付けられているお皿を眺めながら、ウェイターの説明に耳を傾ける。
気心の知れた友人と特別な空間で美しい料理を頂くことは最高に楽しかった。キャストの莉奈としてではなく、ただの知夏として振る舞えることに言いようのない安心感に包まれた。
絵麻に仕事のことについて話しながら改めて思った。私はむしろ風俗嬢の仕事を気に入っている。天職とまではいかなくても、少なくとも私には合った仕事だと思った。
それは、努力と工夫次第で収入が決まるこの仕事が、会社員の頃と違って言い訳が全くもって通用しないこの環境が、私の頭をフル回転させ、収入の保証がない状況でいかに安定した収入基盤を築くのか、考え実行し、検証し改善点を洗い出す、この一連のサイクルに快楽に似たやりがいを感じている。
私はワクワクしながら螺旋階段で上へ登っている気分だった。
そして、全く自覚は無かったが私は人に尽くすのが好きだということが分かった。お客様がどうしたらご満足して頂けるのか、そのことをひたすら考え相手に尽くす。
その結果、お客様が喜びや感謝の気持ちを表してくれることに幸福を感じる。それは社会的地位や、肩書など会社員の時には常に纏わりついていたものから解放され、ただの人として向き合う、そのような接客ができた時には生きがいすら感じた。
もちろん、生涯この仕事を続けていこうとは思わない。しかし、この仕事を辞めて新たに会社員に戻ることが、少し寂しい気がしているのもまた事実だった。
「もう就活始めるの?」
「そうね。まずは転職エージェントのサイトに登録かな」
「次、なんの仕事を探す感じ?」
「全然決めてない。とりあえず、年明けに新しいところで働けるようには動こうかなって感じ」
「そっか。ま、知夏なら直ぐに見つかるでしょ」
心配されなくなったことに嬉しくてほほ笑む。風俗嬢に転職したばかりの頃は、心配ばかりかけていたが、今では面白がって話を聞いてくれる。
私は自分の置かれている立場がどうなろうと、変わらぬ友情を示し続けてくれる絵麻に感謝した。




