第84話・切り札
「鈴姫さん、もう終わりにしましょう」
「あら、まだ切り札を使ってないのに?」
リュールが右手をかざすと、葵さんは力なくスーッと浮かびあがり、ゾンビのような格好のままリュールの前に立たされた。
「……葵ちんを盾にするんスか!」
「え〜、幼馴染が私を守ろうとしてくれてんじゃない♡」
僕らの動揺を誘う気なのか、わざわざ『幼馴染』と口にするリュール。だけど、その余裕の態度だからこそ、つけ入るスキがある。
――その時だった。
「アン王女!!」
突然ジャックは葵さんを見て叫んだ。『アン王女』と。
「どういう事?」
「まだ気がつかないの? あれだけ沢山ヒントだしておいたのにぃ」
リュールは頬を膨らませて、人差し指を立てた。
「同じ顔でぇ〜」
からかい口調で二本目の指を立て……
「同じ性格でぇ〜」
そして最後に、僕の目を見ながら三本目の指を立てた。
「使う魔法はなにかな~?♡」
「炎魔法……」
「首の歯型を合わせてみれば、すぐにわかったのにね♡」
……想像すらできなかった。こんなにも共通点だらけなのに、僕らは『似ているね』で済ませていた。
まさか、以外の言葉がでてこない。
「葵さんが、アン王女だったなんて」
リュールはアン王女を誘拐して記憶を書き換え、神楽代 葵として、異世界スゴロクに参加させた。
「僕が転移した【バイキング・オブ・カリビアン】の世界は、アン王女が誘拐される三年前だったんだ」
「や〜っと正解」
「なんでそんな事を」
「え~? ずっとあんな部屋にいるんだよ? いつ気がつくかな~なんて、ドキドキが必要でしょ♡」
……なんて悪趣味な。
「ところでさ、私が気がついていないと思ってる? さっきからコソコソやっているのバレバレなんですけど〜」
リュールの言う通り、僕は水操作魔法で彼女の背面に水を移動し、潜ませていた。気づかれないようにコッソリと動かしていたはずなのに……
「操作魔法って不便ね。動かす対象を見ていなければならないんだから」
「え、視線でバレたの?」
僕はリュールの背後から水弾を撃ちだした。狙いは左手の劫冥石。しかしそのバレバレの攻撃は、あっさりと光の蝶に防がれてしまった。
「ガッカリさせないでよ。あとさ……」
と、リュールは頭上を指差す。
「そこにも水弾があるでしょ」
「――っ」
リュールが指をパチンッと鳴らすと、矢となった光の蝶が水弾を破裂させてしまった。破裂した水弾はシャワーのごとくリュールに降り注ぐ。
――しかし、それが僕の狙いだった。
「え、ちょっと、なによこれ!?」
リュールの慌てる感じが伝わってくる。左手の劫冥石がヌルヌルし、握ろうとすると手から逃げるのだから。
そう、僕の切り札はこれだ。【没落令嬢】の世界で入手し、ポーションの空き瓶にいれておいたアレ。
「スライムのヌルねり液体ですよ!」
劫冥石は、ゴトリ……と質量のある音をたてて落ち、階段を一段ずつゴト……ゴト……と、降り始めた。
僕とリュールが動いたのはまったく同じタイミングだった。
互いに劫冥石に手を伸ばし、飛びつこうと床を蹴る。目の前の光景が、まるでスローモーションのようにゆっくり流れて見える。
必死に目いっぱい手を伸ばしたその瞬間、絆の指輪が、最後の輝きを放った!
これまでに、赤猫三姉妹、メイド長と騎士、そしてジャックが召喚された。
「♪アッと驚く……」
つまり、この4番目に転移してきたのは……
「——亜紀さん!」
「為五郎~!! やで~」
光の中から現れた太古の猫耳族は、リュールの指先が触れる寸前――劫冥石を、鮮やかに奪い去った。
「きさま……それを返せ!」
「冗談はよしこちゃん。元々はあんたの物かもしれへんけど、誘拐に使うのなら話は別や」
……さっきから誰の話をしているのだろうか?
「なあ、鈴姫っち。ウチに気を取られててええんか?」
劫冥石を指先で回しながら、亜紀さんはニヤリと笑う。
「なんだと……」
――ジャックは、このタイミングを見逃していなかった。
リュールの注意が黒石に向いた時、彼は死角に滑り込み、チャンスを待っていた。そして亜紀さんに視線が向いた瞬間、階段を駆け上がり、葵さんをしっかりと抱きかかえると、踊り場から一気に飛び降りた。
一瞬のスキをついた、見事な奪還作戦だ。
「ジャック、大丈夫か?」
「うん。兄ちゃんたちが気を引いてくれたから」
と、左拳を突きだすジャック。僕は右拳を軽く打ち合わせて、彼の判断を称えた。
「う……ん……」
リュールの呪縛から引きはがされた葵さんは、ジャックの腕の中でそっと目を開ける。そして――
「……ジャック?」
彼女は、自分を優しく抱きかかえる、愛しい青年の名を呼んだ。
「遅くなってすみません、アン王女」




