第83話・錨の印~アンカー・ポイント~
「痛って……」
メイジーに蹴飛ばされ、ガタガタと階段を転がり落ちた颯太。さすがにこれで意識が戻ったらしいけど、どうやらまだ体が自由に動かないようだ。
「颯ちん、大丈夫っスか?」
「魔法で体の自由を奪われているみたいやな」
彼はひっくり返ったまま目だけで周囲を確認すると、突然、大声を上げた。
「雪平さん、もうやめて!」
颯太は魔王城での騒動の一部始終をみていた。つまり、鈴姫さんが変貌してリュールになるところまで全てだ。多分、それを止められなかった自責の念が、彼を突き動かしているのだと思う。
「え、これって鈴姫ちゃんなの?」
「おいおい、嘘だろ……」
颯太の言葉に驚き、振り向くメイジーとブランシェット。
――その瞬間、リュールの周りを飛んでいた光の蝶が、細く鋭い槍となって二人を貫いた。
「ねぇたん!」
直後、三本目の槍がペローをも貫く。三人はその光に同化するかのように、細かい粒子となって消えていった。
「え……メイジー? ……みんな?」
まさか、死んで……ペローまで? 嘘だろ、あんな小さな子どもまで……
「雪平さん……なんて事を……」
「鈴姫っち、マジっスか」
僕だけでなく、颯太も要も、目の前で起こった無慈悲な行為に唖然としてしまっていた。
どうしてこんな事が平然とできるのだろうかと、僕らがリュールをにらみつけた時だった。
「大丈夫。彼女たちはやるべき事をやって、元の世界に戻っただけや」
「無事、なの?」
「ああ。ただ、赤猫三姉妹もう呼ばれへんで」
「……?」
「転移には条件が必要言うたやろ? 異世界に残った、ミナミナはんの錨の印を消費してここに来とるんや」
……それが時空を超える絆になっているのか。
「早い話、つながりが切れてしもうたんや」
「でも、ちゃんと帰れたんだよね?」
「それは間違いない。ワイでよければ補償するで」
「ならOKだ。自分の世界に帰れたのならそれでいい。それに、そんな程度で切れる絆じゃない!」
――いつかどこかでまた会える。言葉は軽いけど、なぜかそう思えた。
「あ、ミナミお嬢様、髪切ったのですね。ボーイッシュで似合ってますわ」
次に指輪が光った時、そこにいたのはイノリさんだった。続けてショーンとコネリーも現れる。葵さん救出のために、悪魔族を倒す人手が欲しいと思ってたところだ。
「これが終わったら、彼女と結婚を……」
「いきなりフラグ立てんなて。まずは悪魔族の討伐や!」
「え? ナロー執事長、なんでそんな恰好を?」
全身銀色のナローはコネリーの驚きを軽く受け流し、だまったまま悪魔族を指差した。三人はすぐさま状況を把握し、戦闘態勢を整える。
「こちらはお任せくださいな、お嬢様」
「うん、頼む。でも、みんな無理はしないで」
イノリさんは小さく微笑み、優雅に頭を下げた。
「え、ベルノこんなとこで寝てるんすか?」
「コネリー、前見ろ前、敵が来てるぞ!」
大丈夫か、この二人……?
そうは言ってもさすがは歴戦の勇士だ。ティラノほどではないにしても、悪魔族を相手に一歩も引く事がなかった。じわりじわりと押しはじめ一体、また一体と倒していった。
残りの悪魔族はあと三体。リュールも劣勢が見えて焦りを感じているように見える。
今が葵さんを取り返すチャンス。そう思って踏みだした時だった。またもや指輪が光り、穴のあいたローブを羽織った、旅人姿の青年がでてきた。
顔も服も汚れ、腰に下げている曲刀もボロボロ。かなり長い間、旅をしているみたいだ。しかし僕は彼を知らない。冒険した世界で、彼とは会った事が無い。
……いや、違う。そうじゃない。会ってはないけど、この顔立ちには見覚えがある。
「もしかして、ジャックか?」
「兄ちゃん!? それに糸目のカシラも」
目の前にいるジャックは、十三歳の少年から爽やかな青年になっていた。もはや弟と言うよりは、同い年の友人みたいな感じだ。
「二人も王女を追ってくれていたのですね。心強いです」
……王女を追う?
「あら、イケメンですわ!」
「イノリさん、手をだしちゃダメですからね」
しかしこれはおかしい。赤猫三姉妹もイノリさんたちも、僕が転移した時の姿のままだ。なのにジャックは年を重ね、僕と同い年くらいになっている。
これにはいったい、なんの意味があるのだろうか?




