第81話・時の魔女 リュール
ギイィィィと、きしむ洋館の入り口扉を開けると、リュールは階段の踊り場に座ってエントランスの僕らを見下ろしていた。
「え~、信じらんな~い。本当に自力で戻って来たんだぁ♡」
廃墟独特の朽ちた埃っぽい室内に、金色の髪が美しく煌めいて泳ぐ。極めて歪でアンバランス。しかし、そんな違和感だらけの光景から、不思議と目が離せなかった。
「鈴姫ちん、こんな事はもうやめるっス!」
要はリュールの顔を見ると、間髪入れず鈴姫さんに話しかけた。
「ん? こんな事ってなにかしら?」
「葵ちんたちを解放してほしいっス」
「ゴメンねぇ~、この子たちはとっても大事な交渉材料なの」
階段にもたれかかるように倒れている三人を見ながら、リュールは悪びれる様子もなく『交渉材料』と言い切った。
「交渉って、なにをする気なんですか」
「そうねぇ。例えば……水音クン。そこから一歩でも動いたらこの猫耳幼女を――殺すよ?」
「――っ」
心臓が跳ねあがった。『殺すよ』などとベタな脅し文句だが、その瞬間のとてつもなく冷酷な声には、ゾクリと悪寒が走った。
「なんて、どうかな♡」
しかしその直後、彼女はふざけた口調と表情に変わる。
「そんなの、鈴姫ちんらしくないっスよ。またいつもみたいに……」
「私らしくないってなによ? そもそも『らしい』なんてのは、他人が勝手につけた評価じゃない」
確かにその通りかもしれない。所詮、評価なんてものは他人から向けられた一方的な期待の表れでしかない。
「でも、それは絆とも言えますよ」
人と人の関り合いは、その上で成り立っている。もちろん家族も同じ。だからベルノの親探しも親身になれたのだし、リュールでなく、鈴姫さんに語りかけているんだ。
「そうは言うけどさ。葵ちゃんが誰かわかってないでしょ?」
「そんなの、鈴姫ちんの幼馴染じゃないっスか」
子供の頃の事件だってしっかりと覚えている。両親の死から、二人で共同生活をして来た事まで。
「あ〜、あのさぁ。……それ、嘘の記憶だから」
――!?
「え、嘘って……」
「じゃあ、葵ちんは誰なんスか!」
「さあね〜、誰なんでしょ? 絆ってのでわからないのかなぁ?」
僕の言葉を逆手に取り、嫌味のように返してくるリュール。
「正解は、その辺りに歩いていただけの人~」
「まさか……」
「かもしれないしぃ〜♡」
「——っ」
一瞬、頭が真っ白になった。リュールがなにを言いたいのかわからない。
「あ、そうだ! 私が造った人造生命体なんてどうかな?」
まるで何事もなかったかのように、『どうかな?』と意味のない事を聞いてくる。そこには悪意が感じられず、そのあまりの軽さに僕らは戸惑ってしまった。
「二人とも、あれがリュールの手口や。佞言に惑わされたらあかんで」
「もう、せっかく会話を楽しんでいたのにぃ。無粋な糸目ねぇ」
「やかましいわ! この魔女が!」
ナローはレーザー銃を抜くと、一切の躊躇も見せずに引き金を引く。二発三発四発と閃光が走り、僕も要も……あまりの発光に目を開けていられなかった。
「あんさんらが説得したい言うから任せとったけど、こんなんもう無理やろ」
「痛ったいわね……なにしてくれるのよ、この糸目は!」
「レーザーを弾きよるか、この魔女は」
リュールは手をぶらぶらと振りながら、舌をだしてナローを挑発した。僕ら四人に対して一人なのに、凄い余裕だ。
「鈴姫さん。その石を魔王に返してもらえませんか?」
「なぜ? 元々これは我が一族の所有物。取り返しただけよ」
「ならばきちんと話をし……」
「——それに。めんどくさい条件をまるっと無効にするのがこの黒石の力。これさえあれば、ちんたらとスゴロクで転移しなくてすむもの」
このひと言でやっとわかった。糸目のナローが言っていた転移の条件。リュールの場合は、異世界スゴロクが”それ“だったんだ。
「じゃあ、僕らを廃墟に閉じ込めたのは……」
「そうよ。劫冥石がある世界を探してもらうため♡」
命の危険もある異世界冒険。僕らは運よく生き残って来たけど……こんな事の為にこれまで何人が犠牲になったのだろうか。




