第80話・最強魔法
〔要さん、これを〕
僕らの話がひと段落したところで、女神妖精さんは、薄い緑色をした瓶を取りだして要に渡した。
「ポーション、っスか?」
〔神楽代さんから頼まれていたものです〕
「葵ちんから?」
〔ええ、弟さんのために必要なのでしょう?〕
女神妖精さん曰く『病人には薄緑のポーションが適している』らしい。青のポーションは身体機能を全面的に高めてしまうため、喘息まで活性化させてしまう。そうなると、最悪死ぬこともあると言っていた。
〔一気に摂取するのは厳禁です。数滴を毎日飲み続けてください。半年もすれば改善の兆しが見えるでしょう〕
要は手の中のポーションをじっと見つめ、うっすらと涙を浮かべていた。いろんな感情が混ざっているのが伝わってくる。
だけど、なんか見てはいけないように思えて……気づけば僕は、真っ青な空を見上げていた。
「さて、ここからはワイからの提案といこか~。まずは安心しいや、さっきも言うたけど、二人を現代に戻す事は可能や」
僕が行った事のある世界には、錨の印が残る。それを目印に転移すれば、問題なく帰る事が可能だと言う。
「ただし、や……」
糸目のナローはひと呼吸おくと、今までになく真面目な表情になった。
「現代に戻ったら、君らはこの事を忘れて家に帰りや。リュールも猫耳幼女も、あとはワイらで対処するさかいに、な?」
現実的にはそれが正しい選択なのはわかる。少し魔法を使える程度の僕らが行ったところで、たいして役に立つとは思えないのだから。
でも――
「それはダメだ。ベルノには借りがひとつあるし、それに颯太や葵さんの事もある」
「俺も、水音っちに賛成っス。弟の恩は返さないとダメっスから」
要の気持ちはよくわかる。葵さんは、彼の弟のために女神妖精さんとこっそり交渉していたのだから。そこまでやられたら、恩を返さないわけにはいかないだろう。
「もちろん俺様も行くぜ! さっきから訳わからん話ばかりで退屈してたんだ」
「ティラノ……さん」
「ま、ベルノを連れて帰らないとみんなが寂しがるからな」
二カッと笑い、犬歯を光らせるティラノサウルスの恐竜人。彼女が協力してくれるなんて、これ以上心強い味方はいない。
「ほんま、みんなけったいな性格やで。言うて、期待はしとったけどな」
〔あ、私は行きませんよ?〕
女神妖精さんの建前は『この時代への責任』。だけど本音は亜紀さんたちの事が心配なのだろう。口では平気なフリをしているけど、なんだかんだと情に厚い人だ。
「ほなら行くで。廃墟部屋まで時間旅行や!」
♢
僕らは真っ黒い転移空間をくぐり抜けた。そして……
「……あの、ナローさん?」
ゴオォォォ……と風が襲い来る。
「なんや?」
「廃墟部屋まで時間旅行って、言いませんでした?」
髪の毛が、バッサバッサと顔を打ち、呼吸が苦しく、目も半分しか開けていられなかった。
「ああ、言うたで」
「じゃあ……」
眼下に見えるは、もはや懐かしの廃墟。僕らが閉じ込められた洋館だ。
「なんで空から落ちているのー!?」
「ちょいと転移座標まちがったっぽいで~」
「おまえ、てへぺろすれば許されると思うな!」
転移したら空の上でした。なんて洒落にもならない。
「あ、でもよォ……」
こんな状況でも腕を組み、落ち着き払っているティラノ。大物なのかそれとも……
「根性があればガチョウだって空を飛べるって、亜紀っちが言ってたぜ」
……それともの方だったか。
そんなくだらない事を言っている間にも、地表はものすごいスピードで近づいて来る。引力は無慈悲だ。
「おい、ナロー。そろそろなんとかしてくれ」
「……え?」
「えっ、て……まさか」
「ワイには無理やで?」
コイツ、無計画すぎるだろ……この状況、普通に死ん……って……
「要、あれだよ、あれ!」
「あれあれ?」
「そう、あれ!」
「あれ……? ああ、あれっスね!」
そして……
僕らは無事に、洋館の正面に降り立った。いや、降り立ったというより……落ちて跳ねて転がった。
「はっ、はぁ……っ」
「た、助かった……」
目の前には、信じられないほど甘い匂いのする、白い巨大なクッション。僕らの命を救ってくれた、要の最強魔法だ。
――それは、地面に激突する寸前だった。
要は絶叫に近い声で叫んだ。『マッシュ・マロマロ!』と。その瞬間、爆発的に膨れ上がった超超超巨大マシュマロが、視界を真っ白に飲み込んだ。即死するほどの衝撃がふわっと吸い込まれ――僕らは、生き延びた。
「口から心臓がでそうっス……」
「同じく……」
バクバクと鼓動がとんでもなく早く、まだ足がガタガタと震えていて立てなかった。
そんな中、喜んでいるのがひとり。
「おもしれーな! ついてきて正解だったぜ!」
腰に両手を当てて大笑いしているのは、ティラノサウルスの恐竜人……やはり大物なのか?
「なあなあ、これ、またやろうゼ!」
……嫌です。
「さ、急ぐで~。その扉の先に、ビンビン魔力を感じるわ」
震える足を無理矢理に立たせ、僕らは気合を入れた。この先、間違いなく戦う事になる。でも……僕の中ではいまだに鈴姫さんだ。できる事なら対話で解決したい。
――そこは、最後まで譲れない部分だ。
「さっさと葵さんたちを助けだして、これを焼きマシュマロにしてもらおうか!」




