第78話・【ジュラシック・テイル? その5】
魔王は白い魔族を『時の魔女リュール』と呼んだ。
「あら、博識ですこと」
「その手の劫冥石は返してもらおう」
「愚かね。そもそもこの黒石は我が一族のもの。二百年の時を刻み、この瞬間を迎えるために生きてきたのよ……返すわけがないでしょう?」
劫冥石? 二百年? ……なんの話だ? 会話についていけず、僕らは顔を見合わせた。すると、リュールと呼ばれた魔女はこちらを見て、ゆっくりと、そして静かに口を開いた。
「水瀬クン、あなたたちにもお世話になったわね」
「え、本当に……鈴姫さんなの?」
「嘘っスよね? 全然違うじゃないっスか」
「いいえ、嘘じゃないわ。どちらも本当の私よ」
「どちら、も?」
僕は、この言い方に引っ掛かりを覚えた。『どちらも』とは、意識が二つあって鈴姫さんもまたそこにいるのか? それともリュールと呼ばれる魔女が、鈴姫さんの身体を乗っ取ったのか?
つまり、鈴姫さんの意思はそこにあるのかどうか問題だ。似ているようでその二つは大きく違う。
「目的は果たしたわ。もうゲームを続ける必要はないわね」
「ゲームって……」
「あら、わかっているでしょう?」
と、彼女は人差し指で、くるくるとルーレットを回すジェスチャーをしてみせた。
……異世界スゴロクが、もう必要ない?
「戯言はそこまでだ」
僕らの会話を遮るように、魔王の声が響く。すでに手下がリュールを囲み、今にも飛び掛かろうとしていた。手には剣や槍を持ち、その眼は、殺気に満ちあふれていた。
――そして魔王が命令を下す。『殺せ』と。
「鈴姫さん、逃げて!!」
「あら、優しいのねぇ」
その言葉に呼応するかのように、リュールのすぐうしろに黒い転異空間がぽっかりと出現した。
「でも、ごめんね〜。私たちは帰るから。みんなは自力で頑張ってね♡」
そして、ここからは本当に一瞬の出来事だった。
「うそ、なによこれ!?」
リュールが転移空間にスッと消えたかと思うと、葵さんの背後にも同様の黒い転移空間が発生し、彼女を飲み込み始めた。
「葵さん!」
「颯ちん、突っ込むニャ!」
近くにいた颯太は咄嗟に手を伸ばし、葵さんの足首をつかんで引っ張りだそうとする。しかし力及ばず、そのまま、ベルノと供に吸い込まれてしまった。
黒い空間が消えたその場所には、ショッキングピンクのベルノパンプスが、ポツンと片方だけ残されていた。
唖然としている僕らのうしろで、魔王がボソリと呟く。
「時の流れに埋もれし混沌の黒石。時間と時空を繋げる古の魔石」
「時間と時空を繋げるって……」
「それが劫冥石、クロノア・アビスだ」
……それって魔王軍の転移システム、そして、異世界スゴロクそのものじゃないか。
「時に、おぬしらはリュールの仲間か?」
「ちょっと待てって。今の見たやろ、ミナミナたちはだまされてたんやで?」
「先ほどは確かに『逃げろ』と聞こえたが……さて、誰が言うたのかのう。八白亜紀、ワシに教えてくれんか?」
正直に言うと、僕はあのとき彼女に逃げてほしいと思った。
もちろん、破壊や盗みは許される事ではない。しかしそれでも僕はまだ、雪平 鈴姫としての良心があると信じていた。ちゃんと話をすればきっとわかってくれると。
しかし、そんな事は魔王には関係のない話。彼からしてみれば、城を破壊し、宝物を盗んだ犯人でしかない。そして、僕らはその仲間なのだから。
「わかったであろう。これ以上は問答無用だ、この二人を八つ裂きにせい!」
「おい、話をきけってば!」
「八白亜紀、ならばお主も盗賊の一味でよいのだな?」
この時、ふと気がついた。魔王は理不尽なものの言い方をしながら、実は、返答の選択肢を狭めているのだと。
「あーもおお、わかったわかった。しゃーないなぁ……」
自分が欲しい言葉を引きだすため、自分に有利な状況を作るため、先回りして逃げ道を潰しておく。これは、ビジネスにおける交渉の鉄則だと聞いた事がある。
……魔王は粗暴に見えて、中身は相当な策士だ。
「仕方がない、か……」
僕らの返答が引き起こした事とは言っても、こんな所で処刑されるつもりはない。この場はなにがあっても生き残らなければ。そう、要とアイコンタクトを交わした瞬間だった。
「ティラちゃん、二人を連れて逃げて! あとは女神さんにまかせるで」




