第72話・黒い影
「いや〜、空気が美味いっスね〜」
「うん。なんか、凄く爽やかだね」
スカッと抜けるような青空に、キラキラ輝く太陽。たゆたう雲は時の流れを緩やかにし、木々のすき間を抜ける風が、葉を揺らしながら緑の香りを運んできた。
――そこは、文明のにおいが一切ない、大自然の真っ只中。
「……って、そうじゃなくて! なんて僕らまで転移しているの!?」
まわりにはあの部屋にいた全員の顔がある。みんな、なにが起きたのかわからないって顔だ。
「えっと、ベルノちゃん……さっきぶりね」
「う、うん。そうだね……ベルノ……ちゃん?」
非常にぎこちない鈴姫さんと葵さん。僕も颯太もなにも言えなかった。恥ずかしいと言うか、バツが悪いと言うか。みんなあれだけ感情を爆発させて感動の別れをしたのに、わずか一分後にこれだもの。
「でも、またみんなと冒険できて嬉しいですニャ!」
「ベルノぉ~」
「もうちょっと一緒にいられるのニャ! 幸せなのニャ!」
みんな顔が赤くなっている微妙な空気感を、空気を読まないベルノが笑顔でぶち壊してくれた。……ありがたい。
「ところで、ここがベルノの世界で間違いないの?」
「多分そうだと思うニャ」
多分、か。本を二冊持ってきているのだから、両方とも同じ世界観、つまり太古の地球の可能性がある。なにか、ここがベルノの世界だと決定づけるものが見つかればよいのだけれど。
「ねえ、これ見て」
と、鈴姫さんがみんなに見せてきたのは、スマホの画面だった。そこにはギフト[✖✖✖✖]を消費しました。と書かれていた。
「薬師寺くんの転移なのに、私たち四人がついて来ちゃったのって」
「う~ん、これが関係しているかもなのか」
今までは[〇〇人で]とかスマホに通知が来たのに、今回はなんの前触れもなく転移していた。そして四つの✖に、四人の追加転移。無関係には思えない。
でも……
「考えてもわからない事は、考えても答えがないって事なのです!」
少し前に流行った、政治家のネット構文をまねる葵さん。でも、まさしくその通りだ。答えのない事を考えるよりも、前に進んだ方がいい。
「じゃあ、ベルノの家族を探そうか」
そう言って、僕らが一歩踏みだそうとしたその瞬間——
視界の端に、黒い影が割り込んだ。
「おい、お前ら。そこを動くな」
凄味のある鋭い声が空気を切り裂く。 現れたのは、黒い特攻服に身を包んだ女性だった。
風に揺れるブロンドのロングヘアが、太陽の光を浴びて金色にきらめいている。切れ長の青い瞳は、獲物を狙うハンターのそれ——冷たく、一切の隙がない。
だが、僕が息を呑んだのは、そんな容姿の美しさではなかった。 彼女の背後から伸びる、太く長いしっぽ。 それは、ベルノの絵に描かれていた、あの恐竜のしっぽだった。
「あれは、ベルノの絵にあったアレだよね……アレって……」
「水音っち、落ち着くっス! アレっスよ、アレ!」
慌てた僕の言葉に、要の声が拍車をかける。 女性は無言で、右手の木刀を僕らに向けた。刃のないそれでも、殺気のようなものがビリビリと伝わってくる。
「待って、僕らはベルノを——」
言いかけた言葉を、今度は、背後からの別の声が遮った。
「おっと、逃がさないっスよ」
いつの間にか茶髪の女性が回り込んでいた。両手には黒いグローブをはめ、その上に鎖を巻きつけている。低く腰を落として右拳をうしろに引き、いつでも飛びかかれる体勢だ。
前後から、完全に挟まれた。 ——逃げ場はない。
「まずいな……」
こちらの話を聞こうとしない。きっと、僕らがベルノを誘拐したと思い込んでいるのだろう。
目の前の女性は、木刀を頭上に構えて目をつむった。足元からゆらゆらと湯気みたいなものが立ち上がり、全身を包んでいく。俗な言い方だけど闘気って感じだ。
「待つニャ! ティラノ、違うのニャ~!」
闘気は彼女を中心に周囲に放出され、砂や小石を吹き飛ばす。それはすぐに竜巻のように渦巻いて、上空にのびて行った。
「ベルノの声まで聞こえてないのか……」
魔法とは違う強大なエネルギーをまとった木刀。こんなものを喰らったらひとたまりもない。直撃を避けても相当なダメージを負ってしまうだろう。
……これ、相当やばいよな。
※前回のサブタイトル『さよなら、ベルノ』に騙された人へ。
「そんな訳ないですニャ!」




