第69話・疑念
「それって、さっき葵さんに頼んでいた事と関係あるの?」
葵さんが転移する時、要はなにかを言いかけた。それに対して葵さんは『覚えているよ』とだけ返事をした。
「そうっスね、ちょっと頼み事があったんス」
「なにを頼んだの?」
「う〜ん、その……」
要は言いにくそうに、小声で話し始めた。鈴姫さんや颯太に聞かれてはまずいのだろうか?
(青のポーションが売っていたら、手に入れて欲しいって頼んだんス)
青のポーション。これは要が最初に転移した先で、必死の金策の上で購入した上級薬。颯太の骨折を十分ほどで完治させてしまうとんでもない薬だった。
(持って帰らなきゃならないんスよ)
……なんだろう、この引っかかる言い方は。
◯◯が欲しい。ではなく、◯◯を手に入れなければならない。つまり、本人の希望ではないのか?
異世界のアイテムや魔法は、当たり前だけど現代にないものばかり。持ち帰ればとんでもない力を手にする事ができるだろう。
特に、どんな大怪我も一発で治してしまう青のポーションは、医療の在り方すら変えてしまう可能性があると思う。
(まだ半分くらい残っていると思うけど?)
そう聞きながら、僕は、嫌な事を想像してしていた。もし要が事前に情報を得ていて、青のポーションを手に入れるために、僕らをここに引き入れたとしたら?と。
(そうなんスけどね、ちょっと、必要で……)
(ちょっとってなんだよ。話せない事があるのか?)
(水音っち、なんか怖いっスよ)
もちろん目的はわからない。医学の発展のためかもしれないし、売って大儲けをするためかもしれない。
(他の世界で売ってればそれでもいいんスよ。行ける世界を選べるなら、ポーションがある世界に行きたいっス)
要はチラリと颯太を見て、言葉を続けた。
(颯ちんには内緒にしておいてほしいんスけど……)
(うん)
(オレ、弟がいるんスよ……)
(なんで颯太に内緒なの? ていうか、どこに関係あるのかさっぱりわかんないんだけど)
自己弁護するつもりはないけど、この時点で関連性がわかる人なんていないと思う。
(あいつ、重度の喘息だから……)
要の弟は小さい頃から喘息持ちで、中学に上がった今でも強い発作が起こる事があるそうだ。以前は『発作が起こると窒息死する可能性がある』とまで主治医に言われるほどで、つい最近やっと改善の兆しが見えてきたらしい。
(実は……Ruins CLUBに登録しているのは、オレじゃなくて弟なんス)
喘息の原因はいろいろあるけど、咳や発作のトリガーになるのは大抵ホコリだ。廃墟散策なんてもってのほかと言える。
だから要は弟の代わりに廃墟に行き、写真を撮ってお土産にしているそうだ。きっと、会った人の話や出来事を面白おかしく弟に聞かせているのだろう。
(ルーレットに触ってしまったのは、ホントみんなに申し訳ないと思っているっス。だけど、そのおかげで青のポーションの存在を知る事ができたんスよ)
それで二カ月も金策を頑張って手に入れたのか。青のポーションがあれば、弟の喘息を直せるのではないかと期待して。
(あ……でもそれ、颯太に使ったんじゃ)
(仕方ないっスよ。見るからにポッキリ逝ってたじゃないっスか)
軽く言ってはいるが、要はあの場面で即決していた。苦労して手に入れた物を惜しげもなく、それもまだ出合って間もない他人に、だ。
あの場面で、僕にそんな事ができただろうか? できたとしても悩む時間が相当あったはず。
(だから颯ちんにはこの話を聞かせたくないんスよ。スゲー優しい人だから、絶対気にすると思って……だから、黙っててほしいっス)
僕は、後悔の念に駆られていた。糸目の言葉に踊らされて、こんな綺麗な心を持つ仲間を疑ってしまった事を。
(……ごめん)
(え、なんスか急に)
(いや、なんかこう……とにかくごめん。そう言う事にしといて!)
――決めた。もう糸目の言葉には踊らされない。騙されてたまるかってんだ。




