第65話・【童話全修 その14】
「待って下さい。アガサは私の大事な子どもなんです」
「そうだよ、ボクはママの大事な子どもなんだ!」
あからさまなセリフと共に、母ヤギのうしろに隠れるアガサ。あやしい。あやしすぎる。とは言え、母ヤギは完全に自分の子どもと思い込んでいるし、兄弟たちもなにひとつ疑っていない。
「どうしたらいいと思う?」
「ぶん殴ればいいんじゃね?」
と、葵さんみたいな事を言うブランシェット。妙に鈴姫さんと息が合うのは、そのせいかも知れない。
「ちょっと待って。こんなかわいいチビヤギちゃんたちがオオカミのわけないよ」
しかし、ここにきて急に、アガサ=オオカミ説を否定する鈴姫さん。さっきまですべて見通しているような表情だったのに、いったいどうしたのだろうか?
「そうそう、母ヤギさんもみんな自分の子供って言っているんだから大丈夫っしょ!」
メイジーまで? 八匹いるのは明らかにおかしいのに……まさか、この二人まで催眠にかかってしまったのか?
「みんなこっちおいで、飴ちゃんあげるよ〜」
「ペローちゃんもベルノちゃんもこっちおいで〜」
二人は大げさなジャスチャーを混ぜながら、子どもたちを誘導しはじめた。その姿はまるで、幼稚園の先生そのものだ。
「みんな、なにして遊んでいたの?」
「あのね、ママが作ってくれたお人形さんで遊んでたの」
「ボクたちはヒーローごっこ~」
「ねぇたんのお守りでっす」
「ベルノは探偵さんですニャ」
まったく違和感なく、チビヤギたちに溶け込んでいるペローとベルノ。ほんわか楽しい萌え空間がそこにあった。
……なんだろう、このゆるい空気感は。
「ねえ、みんなはどんな食べ物が好き?」
「キャベツが好き~」
「トウモロコシ~」
「リンゴも~」
「ばぁばのハバネロカレーでっす!」
「チャーシューアップルパイですニャ!」
チビヤギたちは思い思いに好きな食べ物を教えてくれた。当たり前だけど、草食のヤギが好きなのは草とか穀物だ。だから……
「おっにく~!」
……もうこの時点で真っ黒確定のアガサだった。気がついていないのは、本人と催眠状態の親兄弟だけ。
「そっか〜、キミはどんなお肉が好きなの?」
「あのね、あのね、ウサギとかブタとかヤギとか……」
――その瞬間、母ヤギとチビヤギたちが、驚きの表情でアガサを見る。その顔にはこれっぽっちも笑みがなかった。まるで百年の恋が一瞬にして冷めたかのように、スッと洗脳が解けたみたいだ。
鈴姫さんが狙っていたのはこれだったのか。ゆるい空気で場をなごませ、失言を引きだす頭脳作戦。……あなどれん。
そして彼女は、間髪入れずにとどめのひと言を放った。
「ふ~ん。末っ子くんは、ヤギの肉が好きなんだね!!」
「あっ……」
「やっちゃったね〜、ヤギさんは草食っしょ、ヌケ作ちゃん!」
ケラケラと笑うメイジー。僕がどうやって正体を暴こうかと悩んでいたのに、こんな簡単に化けの皮をはがしてしまった。
「クソッ騙されたゼぇ!」
母ヤギのうしろで、黒色オオカミの姿に戻るチビヤギ。体つきはモリモリと大きくなって、可愛らしさのカケラもない。
「てめぇら、生きてここから……」
しかし、その凄みを効かせた脅し文句の途中で、ブランシェットのカカト落としが黒色オオカミの脳天に炸裂した。ゴスッと曇った音とともに、黒い獣はその場に崩れ落ちる。
「うだうだしゃべってんなよ」
ブランシェットはギリギリと黒色オオカミを縛り上げ、ドイルの足元に転がした。そしてその上にドカッと座り、目の前のミニブタをにらみつけた。
「この女……恐ろしいブ。まだセリフの途中だったブ」
「はぁ? なんで待たなきゃならねぇんだ?」
子どもの頃から疑問に思っていた。なぜ悪役は、ヒーローの変身中や名乗りポーズ中に攻撃しないのかと。答えは目の前にあった。……そんな事したら、ヒーロー側がすぐに負けてしまうからだ。
「おいブーたれ、オオカミはこの通りオレ様のイスだ」
と、黒毛のイスをペシペシ叩くブランシェット。
「こうなりたくなかったら、隠している事を全部はいちまいな!」
「ち、違うブ……」
完全に黒色オオカミを制圧したブランシェット。しかしドイルは、安心するどころかガチガチを歯を鳴らして怯えはじめた。まるまる太った体が、ひとまわり小さくなったように見える。
「まだブ……まだ終わってないブ」
怯えるドイルのの視線は、僕らが入って来た落とし穴の方向を見ていた。




