ドラゴン娘、仲間たちと手をつなぐ
力をすべて使い果たし、地面に倒れるリンゴ。
ハリスも同じく膝をつき、表情を歪める。
多くのモノを失いながらも、これまでで最も苦しい戦いを、彼等は制した。
しかしまだ、最後のイベントが残っていた。
「うわあああああぁぁぁああぁぁぁっっ!?」
上空から響く声に、ハリスはふと顔を向ける。
そこにあるのは、落下する四つの人影。
声の主である研究員と、落下の恐怖に表情をひきつらせるマスター、彼等含む三つの影を救おうと届かない手を伸ばすポーラ。
そして力を使い果たし、墜落していくレナの姿もあった。
「これは予想外なことになったねぇ」
そう漏らしたのは、二人に助太刀をした狼耳の美女。
地面に倒れるリンゴは、視線だけ彼女に移す。
「どうしてフェンリルさんがここに……」
「恩返しさね。そんなことより、どうすんだい?」
意味深に問う彼女の視線を追い、もう一度上空を見上げるリンゴ
落下する四人のなか、ポーラはマスターと研究員を無事キャッチし、そのまま離れたレナへ手を伸ばす。
しかしレナは、目を閉じたままびくりともしない。
それどころかよく見れば、頭部の角もなくなっていた。
ハリスと出会った直後、ほぼ枯渇寸前まで魔力がなくなった時と同じ姿で、意識を失い落ちていく。
無防備な彼女の姿を見るハリス達に、フェンリルは語る。
「私のあげた魔力を本当に使い果たしちまうとは、やっぱりドラゴンってのは燃費が悪いねぇ。あれじゃ普通の人間と変わらないよ」
「待ってください! ということは……」
「……ああ、このまま落ちれば命に関わる」
青ざめた表情で語るハリス。
契約によりレナの体調を知る彼は、今がいかに危険な状態かを察していた。
迫る危機を共有した二人は、走り出そうと身を起こす。
しかし負担も深刻で、リンゴに関しては立つことすらできない。
そんな彼等を見かねたか、フェンリルが語りかける。
「気合は充分、しかし身体が追いつかないみたいさね」
「お恥ずかしい限りですが……」
「そんなことはないよ。こうはいったけど、私の魔力も残りわずかでね。助けられる手段が無いんだよ」
彼女はそのまま「だから」と続け、リンゴに手をかざす。
すると薄緑色の光子が掌から放たれ、二人を包む。
「今渡せる最大量の魔力だよ。アンタ等なら、なんとかできるんじゃないかい?」
フェンリルの言葉と、肉体に宿ったわずかな魔力を感じ、ハリス達は互いを見る。
「行きましょう、ハリスさん!」
「ああ、多少無理をしてもな」
その言葉に歯を見せて笑い、手を差しのべるリンゴ。
ハリスがその手を取ると、二人の身体は宙に浮く。
そうして二人は……いくらか荒い飛びかたで、レナを目掛けて飛び立った。
空へ昇っていく二人を、フェンリルは嬉しそうに見上げる。
「本当に、いい仲間を持ったねぇ。レナーズベルグ」
*
一切の光がない闇の中、レナは逆さまに堕ちていく。
ボロ布を纏い、角もない彼女は、まるで眠っているかのようだ。
『起きて、起きるのです、レナ』
どこからともなく響く声に、目を覚ますレナ。
瞼を開くと、そこには黄金の巨体がそびえ立つ。
――間違いなく、今しがた倒したファブニルである。
落下しながらも身構えるレナだが、そんな彼女にファブニルは、蛇に似た愛嬌のある顔で微笑みかける。
その瞳に濁りはなく、確かな意識が宿っていた。
『良かった、意識を取り戻しましたね。まだ目覚めてはいませんが』
「ファブニル……ここは……?」
『あなたの意識の中です。今のあなたは不完全に復活した私を倒し、気絶しているのです』
優しい声で説明を受け、レナは警戒を解く。
暗闇の中で落下し続ける彼女だが、逆さまで向かい合うフェンリルとは目が合ったまま、いつまでも落ち続けている。
「つまり貴様は、我が意識が作り出した幻影か?」
『そんなものではなく。私ほら、不死なので。いざ肉体がなくなったらこれくらいの自由は効くのです』
「……凄まじい生命力なのだな」
変に感心し、他愛ない会話をする二体の龍。
気を許して微笑む二人だが、ふとファブニルが頭を上げ、呟く。
『こんなことをしている場合ではありませんでしたね』
「そういえば、なぜ私の意識の中に?」
『ええ、ご挨拶をと思いまして』
するとファブニルは、もう一度彼女に顔を向け、言葉を続ける。
『幾千年前、あなたに託した予言の日が近づいています』
「世界を滅ぼす九頭竜が現れる日か」
『しかし私は、大きな見落としをしていたようです』
彼女の言葉に、当然の疑問符を浮かべるレナ。
するとファブニルは、残る言葉を吐きだした。
『今のままでは世界は救えない。そしてあのとき私が勝っていても、人類を守ることができなかった』
「……見たのか、その未来を」
レナの指摘に黄金龍が首を縦に振る。
残酷な未来視に、彼女の表情は曇り陰る。
だがレナは、強い視線で向かい合う黄金龍の瞳を見て、ハッキリとした声で尋ねる。
「何とか手段は無いのか!? 人間を守る方法は!」
『――ふふふ、ずいぶん人間が好きになったのですね』
ハリスが以前投げかけた言葉によく似た指摘。
しかし今度は、レナは顔を赤くしてうつむいた。
可愛らしい彼女の様子を見つつ、ファブニルは少し目を細め、頭を下げる。
そうして彼女は、落ちついた声色で答えた。
『手段があるかはわかりません。でも、まだ見えていない可能性の未来がある。そこにたどり着くことができれば、あるいは』
「見えていない未来……?」
『はい。そのためにもまずは――』
ファブニルがそう言うと、一気に視界が明るくなっていく。
周囲の変化に驚くレナに対し、彼女は暖かな声で告げた。
『今いる仲間たちと手を取って、私の見なかった未来へ行ってください。そうしたらすぐに私も――』
瞬間、レナとファブニルは、まばゆい光に飲み込まれた。
*
「レナああああぁぁぁぁぁッッッ!」
けたたましいポーラの声に、レナは目を覚ます。
意識を取り戻した彼女が見るのは、落下しながら流れていく、朝焼けの草原。
そんな彼女に、マスターたちをキャッチしたポーラは、空中で手をのばしていた。
「ポー、ラ?」
「早く捕まって、レナッ!」
険しい顔と共に突き出される手に気づくレナ。
彼女も腕を伸ばすが、人間と同じ強度まで弱体化した彼女に、その手はあまりに遠すぎた。
このまま落下すれば、彼女の命に保証はない。
だからこそポーラは諦めずに手を伸ばし続ける。
「レナ! もっとこっちに!」
「ポーラッッッ!」
互いの名前を呼び合い、距離を縮めようとする二人。
だが残酷にも、二人の間は空気の流れに切り裂かれ、なかなか埋まらない。
人間二人ぶん程度の距離を開け、みるみる落ちていく彼等。
迫る危機に関わらず、二人は諦めずに手を伸ばし合う、その時だった。
彼女たちに、手をとって舞い上がってきた二つの人影が、両者をつなぐように伸ばす手を握った。
レナの手を取るスッと伸びた男性の手と、ポーラを捕まえた幼さの残る少女の手。
二つの手に取られたレナとポーラは、彼等の名前を呼ぶ。
「ハリス様……っ!」
「来てくれたんだ、リンゴちゃん!」
彼女達を救い、空を荒く飛行する二人。
その挙動は追加の人員で更に不安定になり、研究員たちの不安を煽る。
「だ、大丈夫なのか!?」
「無理はしないでくれたまえ!」
「無理しないとみんな死にます! でも、安定感が――っ!」
悔しそうに歯噛みしながら、なんとか安定をとるリンゴ。
しかし次第に、飛行は緩やかに加速する落下へと変わっていく。
合わせて六人の安全はまだ確定していない。
だがその時、ハリスの頭に策が浮かぶ。
「全員で、円になるように手を取り合うんだ! そうすれば少しは安定するはずだ!」
「――わかった、やってみよう!」
マスターの承諾に、残る面々も頷く。
そうして彼等は助け合い、少しずつ円を描いて手を取っていく。
レナがハリスを、ハリスがリンゴを、リンゴがポーラを、ポーラが研究員を、研究員がマスターを、マスターがレナを繋いでいく。
「この安定感なら、行けます!」
リンゴの言葉のとおり、落下速度は次第に落ちていく。
激闘を終えた四人と、人々を纏めたマスターたちを労るように、落下で起きる優しい風が撫でていく。
繋がり合う六人の中でも、レナとハリスが互いに取る手は、誰よりも力強い。
それを現すかのように、晴れやかな顔のレナが彼の顔を見る。
「よくやったな、レナ」
「ハリス様こそ」
完全に意思の通じ合った二人と共に、彼等は夜明けの光の中、草原へとゆっくり舞い降りていく。
橙色に燃える太陽は、彼等の戦いを祝福するように輝いていた。
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