ドラゴン娘、終焉の炎を放つ
激闘の末に闇堕ち勇者・ヴァイスを倒したハリス。
しかし、戦いはまだ終わっていなかった。
それを示すように、地鳴りのような咆哮が静かな空間を引き裂く。
『グオオオオオオオォォォォォォォォォッッッ!』
『キイィィィイィイイィイイ…………ッッッ!』
首に食らいついたファブニルの頭部を拳で破壊する暗黒龍。
堅牢な肉体対驚異の再生力の戦闘は、もはや泥沼の熾烈さを極めていた。
「リンゴ、向こうはどうなっていた?」
「わかりません、モノさんと入れ替わりで私がここに来る前は、まだ冒険者と悪い人たちの収容は――」
レナの戦いを見守りながら、深刻な表情で会話する二人。
しかしハリスは、何か希望を掴んだように目を見開く。
「……モノが、いるのか?」
「は、はい。偶然立ち寄ったと仰られていて」
異様なリアクションをとるハリスに、リンゴはたじろぎつつ答える。
するとその時、彼等の背後から声が響く。
「気にする必要は無い! もうキミ達の好きにしたまえ!」
若々しくも渋みのある声に振り向く三人。
そこには煙のくすぶる世界樹の上に立つ、マスターと研究員の姿があった。
「大丈夫なのか二人とも、怪我は無いか?」
「これでも冒険者を束ねる立場だからね。並程度の戦いの心得はあるさ」
駆け寄るハリスの言葉に、得意げに語るマスター。
その隣では、研究員が周囲の状況を遠い目で観察する。
ハリスに続いて走ってきたポーラは、彼女のどこか寂しげな瞳を察し、粛々と頭を下げる。
「……勇者として戦いながら、このような結果を出してしまい、ごめんなさい」
「逆にこの小さな町と世界樹一本の被害で良く抑えてくれた」
「で、でも」
「惨状を見ればわかる。奴は確実に、世界に脅威を齎す存在だった」
そこまで言うと、彼女は明るい顔を作って続ける。
「さすが勇者様だ。我々の命を、世界を救ってくれてありがとう」
礼を告げる研究員に、ポーラの背筋も伸びる。
彼女は誇らしげに笑うと、力強い視線で再度レナ達を見た。
「人々を地下空間に避難完了……最終段階だ」
見開かれたハリスの目。
彼はこれまで一人でファブニルを抑えていたレナに叫ぶ。
「やるぞ、レナ!」
その言葉と視線は、彼女の橙色の瞳に届いていた。
『グオオオオオオオオオォォオォォォォオオォオッッッ!』
大きく咆哮し、翼を広げるレナ。
彼女は黒羽を羽ばたかせ、疾風と共に空へ舞い上がる。
上空へ逃げた彼女を追うように、ファブニルは青い瞳で彼女を見ると、自身も空へ飛び立つ。
天へ駆け昇る黄金の龍。その背にハリスは、指を向ける。
「『ステラキャプチャー』」
詠唱により放たれる無数の魔法陣。
それは宙を舞うファブニルに命中し、肉体を空間に固定する。
動けなくなった黄金龍を、レナは上空から見下ろす。
同時に草原の果てから、地平線を照らす陽が輝きを放つ。
激闘の終止符に相応しい光に照らされる彼女に、ポーラは小さく頷くと、真剣な表情で見上げるマスターたちに告げる。
「さ、私たちはレナちゃんの背中に逃げるよ。地上の安全地帯はあそこしかないから」
「ああ、今から地下に逃れるのは難しそうだからね」
「待て二人とも。逃げるといってもどうやって――」
研究員が放つ疑問の言葉。
それに答えるように、ポーラは二人を米俵のように担ぐ。
予想していたマスターと、未だきょとんとしている研究員をよそに、彼女はハリス達へ託す。
「じゃ、もう一回世界をよろしく」
「任された。やるぞ、リンゴ」
「――はいっ!」
「ま、待って、何をうわあああぁぁぁぁ――――!」
混乱する研究員たちと共に、レナの背まで跳んでいったポーラ。
彼女の絶叫の余韻を、残された二人は見つめる。
そして上空では、縛られたファブニルを見下ろし、レナが口の端から紫色の炎を放つ。
様子を見た二人は見合って頷くと、ハリスを後ろにして並んだ。
一度ぐっと目を瞑った彼は、覚悟するように瞼を開き、唱える。
「――『シンクロ』」
言葉とともに改ざんされていく彼のステータス。
ターゲットは莫大な魔力を持つレナである。
その魔力を自身に蓄積した彼は、リベイルケインの先端を、リンゴの背中に向ける。
敵を倒した武器を仲間に向ける彼の手は、珍しくためらいがある。
しかしリンゴは、決意の眼差しでちらりと振り向く。
「ハリスさん、早くっ!」
「――ああ、無理はするなよ」
「約束できません! 世界がかかっていますので!」
冗談めいた真剣なやり取りを交わし、信頼の笑みを浮かべる二人。
やがてハリスは意を決し……リンゴの背に、リベイルケインを突き立てる。
痛みに表情を歪めつつ、唇を噛んで堪える彼女。
そこへリベイルケインを伝い、膨大な魔力が注がれる。
「まだまだいけます……っ! ありったけをください!」
「本当にお前は凄いな、リンゴ」
微笑みながら褒めつつ、さらに魔力を流し込む。
やがてリンゴの瞳は、星空のような輝きを放ちだす。
すると彼女はモノから渡された大きな長杖を振り上げる。
「これが私の、最強の防護魔術――『エターナル・サンクチュアリ』ッッッ!」
瞬間、町と世界樹、そして自分たちを包み込むドーム状のバリアが、上空のレナ達をも巻き込んで周囲を包む。
青白く輝くドームの中、レナは準備が整ったことを悟る。
やがて彼女が満を持して口を大きく広げると、地上の二人はそれを見上げて叫ぶ。
「いけ、レナ!」
「炎はこのドームから洩れません! だから、ありったけを!」
二人が上げる希望の声援。
それに答え――レナは遂に、世界を一度滅ぼした炎を放つ。
『グオオオアアアアアアァァァァアアアアァァァァァァアアァァッッッ!』
咆哮に乗って放出される禍々しい紫炎。
それは宙に縛られたファブニルへ、浴びせかけられるように包み込んでいく。
いっぽう地面に立つリンゴは、炎を外界へ漏らさない為に張ったバリアを保ちつつ、再度杖を振り上げる。
「それで、これが最強の攻撃! 『ライトレイ』ッッ!」
おなじみの光線。だが今回は普段にも増してケタ外れだった。
ハリスに与えられた魔力と、モノから受け継いだ杖により、光線はレナの炎と遜色ないほどの威力へ変わる。
元はバリアを維持しつつ、レナの炎をある程度相殺し、周囲の被害を抑えようという目的で造られた作戦。
しかし彼女の光線は、確実にダメージソースになっていた。
レナの炎により、町はことごとく消し炭へと変わる。
バリア内での地上の安全エリアは、レナの背とリンゴが光線で相殺した範囲のみ。
それでもファブニルは、破壊と再生を繰り返しつつ、未だ健在であった。
「レナさんっ! お構いなく、もっと本気で!」
「だがそれではお前が危ないぞ!」
「私の役目です! ハリスさんももっと私に魔力をっ!」
鬼気迫る言葉に応じ、ハリスはさらに魔力を注ぐ。
同時にレナも炎の威力を格段に上昇させる。
リンゴは彼女の本気を引きだすため、最も危険な立場を担う。
レナの炎を殺しきれなければ、巻き込まれて死亡する。
だがハリスから注がれる魔力も、命削りに近い量である。
このままではリンゴの肉体が持たない……ギリギリの状況で、ハリスが頭を回していた、その時だった。
不意に彼の隣に、妖艶な美女が並び立つ。
極寒の地で着るような厚着を纏う彼女は、空を見上げながら笑っていた。
「ここは危険だ。世界樹の根元に避難所の入り口があるから、そこへ避難を――」
「べつに必要ないさね」
かすれた声で弾むように告げた彼女。
よく見るとその頭頂には、狼のような耳がついていた。
散りばめられた情報は、彼とリンゴの頭の中で、すぐに正体を割り出させた。
「まさか、フェンリルさんなのですか?」
「そうさね、よく頑張ってるじゃないか」
そこまで言うと、彼女は大きく手を振り翳す。
瞬間、周囲に張られていたバリアは輝きを増し、氷のような実体をともなう。
内側から破らんとする炎も、新たな氷のドームをほとんど削れなかった。
「こっちの仕事は私が請け負うよ。だからアンタは光線に集中しな」
「――はいっ! ハリスさん!」
「ああ、全力でぶっ放せ!」
ハリスが背中を押し、リンゴは杖を両手で握る。
瞬間、光線はさらに太さと勢いを増し、色は純白から黄金色の粒子を放つまでに強化される。
爆発的な威力の拡大を目の当たりにし、どこか安心した表情をするレナ。
直後に彼女は、瞳から橙色の炎に似た光を放ち、威力を増大させた。
『グオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!』
「はああああああああああああああッッッッッッ!!」
ドラゴンと少女、二人の叫びがこだまする。
彼女達の本気の攻撃に挟まれ、ファブニルの再生もついに、破壊の速度に追いつけなくなっていく。
そして黄金の龍は、濁った目を見開きながら、紫炎と光が生み出す爆発的な光景の中で声を放つ。
『キィヤアアアアアアアァァァァァァァアァァァ……』
断末魔を上げ、光の中へ解けていくファブニル。
二人の全力攻撃が終わると、空中には花びらほどの小さな鱗だけが残り、陽の光に照らされながら、ひらひらと落ちていくのだった。
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